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命の次に大切な物はスマホ!私はそれを、海外旅行中になくした

命の次に大切な物はスマホ!私はそれを、海外旅行中になくした

 

私は携帯電話を2台持っている。1つはスマホ、もう1つはガラケー。これはなにも「仕事がデキるビジネスパーソン気取り」というわけではない。どちらかというと思い出、いや、戒めとでも言おうか。

スマホはソフトバンクのiPhoneを、そしてガラケーはドコモの折りたたみケータイを所持する私。わざわざ2種類のキャリア端末を持ち始めたのは、今からちょうど10年前のこと。それまでは当たり前だが1台のみ、ドコモのAndroidを愛用していた。

今でこそiPhoneユーザーの私だが、あの当時、iPhoneはソフトバンクからしか発売されていなかった。学生時代から馴染みの番号を変えてまで、ソフトバンクへ乗り換える勇気のない私は、iPhoneという未知の端末に憧れを抱きながらも、ドコモのスマホでそれなりに満足していた。

しかしあることがきっかけで、”無駄に”2台のケータイを持つハメとなったのである。

ロンドン五輪の悲劇

2012年8月、私はロンドンにいた。五輪出場が叶った友人を、現地で応援するためにやって来たのだ。運よく関係者経由で観戦チケットを入手できたが、それとは別に、インターネットのサイトで「射撃」のチケットを購入した。

その当時、私はピストル射撃の選手であった。無論、五輪に出場できるほどの実力はないが、競技人口の少ないこの世界では試合会場で顔を合わせるうちに、自然と会話をするようになる。

さらにあの頃は民間人の選手は少なく、私の存在は貴重であり異質であった。ご存じの通り、自衛隊体育学校や警察、警視庁所属の選手がほとんどのため、民間人同士で横のつながりを持ちたくてもなかなか叶わない。そこで彼ら彼女らから銃に関する知識やメンテナンス、練習方法などを教わっていたのだ。

そんな射撃仲間(正確には先輩)が五輪に出場するとあり、しかも当時、世界ランキング1位の選手もいたため、あわよくば日の丸を拝めるチャンス! とばかりに射撃のチケットを買った。しかし購入が遅かったため、チケットの送付先は宿泊先のフロント宛とした。

ロンドン市内のホテルに到着すると、チェックインと同時にチケットの入った封筒を受け取る。ある種の感動を覚えるが、よく考えるとチケット販売サイトはイギリスの会社のため、日本へ届けるよりも国内へ送るほうが確実だし早いのである。

射撃のチケットを買ったのに…

部屋に入るとすぐさまチケットを確認する。しっかりとした厚みの立派なチケットを、隅から隅まで舐めるように見回したが、どうしても「Shooting」の文字が発見できない。その代わり「Greco-Roman style」という文字が読み取れる。

――グレコローマン。これはつまり、レスリングのことだろう。あまり詳しくはないが、レスリングにはフリースタイルとグレコローマンの2種類があるのは知っている。そしてなぜ、私に「グレコローマン」のチケットが届いているのだ?

この事実を知った友人は、「チケット詐欺にあったんだよ」と笑うが、詐欺は詐欺でも実在する競技のチケットを送りつけてきたため、もしかすると発送ミスなのかもしれない、と販売サイトをかばう気持ちもあった。

だが今になって思うのは、もしもあのチケットでグレコローマンを観戦していたならば、結果として日本人選手が表彰台に立ったので、ある意味プラチナチケットだったわけだが。

とにかく射撃のチケットを手に入れることは叶わず、かといってグレコローマン当日は帰国後のため、「チケット詐欺にあった」ということで間違いない。

ロンドン五輪「真の」悲劇

ロンドン五輪「真の」悲劇

 

本題はここからだ。ここへ来た本来の目的である友人選手を応援するため、競技会場へ向かうべく地下鉄に乗った。ロンドンの地下鉄は「Tube(チューブ)」と呼ばれ、世界最古の地下鉄として有名。五輪開催に向けての改良工事がおこなわれたようで、かつて乗車した時よりも座席は新しく五輪仕様になっていた。

終点で地下鉄を降り、数十メートルほど歩いた時点で地図を確認しようとスマホへ手を伸ばす。しかし、ズボンのポケットに入っているはずのスマホがない。慌てて両方のポケットとカバンを漁るもスマホは出てこない。

 

この瞬間、私は一気に青ざめた。

 

ロンドン市内を徘徊するのにスマホがなければ迷子確定。友人らとの連絡手段もSNSのため、スマホがない=天涯孤独となる。さらには仕事や友人の連絡先、クレジットカード情報、交通系電子マネーなども全て失うこととなる。

すぐさま振り返ると、今乗っていた電車めがけてダッシュした。しかし私のダッシュと同時に電車が動き始めた。半狂乱になりながら駅員に、「あの電車を止めて! すぐに!」と叫んだ。しかしその人物は駅員ではなく、五輪のボランティアだった。

すぐさま本物の駅員に事情を説明し、私が座っていたシートを確認してもらう。しかしなぜか、座席周辺にスマホは見当たらないとの返答だった。そんなはずはない。つい数分前までそこに座っていた私は、スマホをいじっていたのだから!

スマホは簡単に諦めがつかない

しかしさすがは海外。日本の鉄道会社のように至れり尽くせりのサービスは存在しない。

 

「忘れ物は1か所に集められるので、そこへ行ってくれ」

 

この一言で追い払われた。とはいえそんな簡単に諦めがつくわけがない。なんせ失くしたのは「スマホ」なんだから。そこで、ホームに立っているボランティアの女性に、泣きながらこう訴えた。

 

「さっきの電車にスマホを忘れて、身動きがとれない」

 

すると女性は肩にかけていた無線をオンにすると、誰かと会話を始めた。どうやら仲間が、電車内の清掃を担当しているらしい。みるみるうちに彼女が女神に見えてきた。

 

「ごめんなさい。あなたの座席周辺を探したけど、スマホは落ちていなかったそうよ」

 

ハグをされながら、女神がこの世の終わりを告げた。そんなはずはない、あの時点でスマホは確実にあった。そして電車を降りたら消えていたわけで、座席以外には考えられない。しかし、腰を上げた時点でスマホがシートに落ちていれば、仲間の誰かが気づくはず。ということはシートと背もたれの間の溝に落ちたのか――。

 

「シートの裏側を確認してほしい」と女神に頼もうとした時、運悪く次の電車がやってきた。そして女神は自らの任務へと戻っていった。

競技開始が近づいていることを友人から告げられる。やむを得ない、とりあえずは応援に集中しよう。

 

 

夕方、友人の携帯電話を借りて「Lost and found centre(逸失物取扱所)」へ電話をする。しかし不確実な返答ばかりで、私のスマホがあったのかなかったのかが分からない。さらに最悪なのは、翌朝が帰国というタイミングでの紛失ということ。時間があれば足を使ってどこまでも探しに行くが、もはやそれもできない。

居ても立っても居られない私は、夜中に1人でLost and found centreへ向かった。どうせ明日の今頃は空の上、最後の悪あがきをしてやろう――。

想いは伝わらず

だがそこでも当然のごとく、粘着質で面倒なアジア人がやってきたという扱いを受ける。A4サイズのノートにボールペンで、日付と名前、連絡先、遺失物、地下鉄の路線を記入すると、しっしと追い払われた。どれほど泣きながらスマホの重要性を訴えようが、その想いが彼に伝わることはなかった。

そして翌日。ヒースロー空港へ向かう電車の中で私は1人泣いた。泣きたくて泣いたのではなく、涙が止まらなかったのだ。スマホとの思い出が走馬灯のように蘇る。

 

――携帯電話を持って14年、番号を変えたことはない。高校時代の友人から仕事関係の連絡先まで、重要な情報がギッシリ詰まっている。さらにはたくさんの画像やダウンロードした楽曲、モバイル決済機能などなど、手放すことなど考えられないほど貴重で高額な財産がそこにある。

喫緊の課題としては仕事の連絡先だ。自営業の私はスマホ1つでやり繰りしてきたわけで、固定電話など持っていない。クライアントの連絡先も全て消えてしまった今、私は廃業を余儀なくされるのか。

 

飛行機

 

飛行機に搭乗してからも涙は止まらない。しかし座席で嗚咽を漏らすのも憚られるため、ギャレーに移動してワンワン泣いた。すると見るに見かねたCAたちが寄ってくる。

 

「わかるわよ、あなたの気持ち。今どきパスポートよりもスマホが大事よ!」

「スマホは命の次に大切な物、私ならきっと生きていけないわ!」

 

次々に慰めの言葉をかけてくれる美人CAたち。あげくの果てには、ファーストクラス専用のワインまで振る舞われた。

――デジタル社会の今、スマホ以上に大切なものなど存在しないというのが、全世界における共通認識なのだ。

杞憂

成田空港に到着すると、そこから一番近いソフトバンクショップへと直行した。機内で一睡もせず、大泣きして過ごした私は決心した。

 

「この機会に過去を一掃しよう。そして番号も新たにiPhoneにしよう」

 

よくよく考えればずっとiPhoneに憧れを抱いていたわけで、番号を変えるのが惜しくてドコモのスマホで我慢していただけのこと。むしろこれで堂々とiPhoneユーザーになれる。寝言でつぶやくほどに慣れ親しんだ番号だったが、いつかどこかで別れはくるもの。もう一度、ゼロからやり直そう――。

ソフトバンクショップで念願のiPhoneを手に入れ、ハツラツとした表情でショップを出ようとしたその瞬間、出口まで見送りに来た店員がこう告げた。

 

「ちなみに、ドコモショップへ行けば番号戻りますよ」

 

 

朦朧とする意識の中、私はドコモショップの入り口をくぐる。そしておもむろに店員へ尋ねた。

 

「あの、携帯電話を失くしたんですが、番号は復活するものなんですか?」

 

すると店員は可愛らしい笑顔でこう答えた。

 

「はい、もちろんです! どの機種にしますか?」

 

こうして私は、2台目の携帯電話を持つこととなった。さすがにスマホ2台は無駄と判断し、時代に逆行するかのようにガラケーを選択。そして最新のガラケーに搭載された電話帳を開くと、およそ900件の登録が確認できる。友人から仕事関係者まで、誰1人失うことなくデータが戻ってきたわけだ。

 

――機内で流した大量の涙を、返してくれ。

 

 

 

執筆

URABE(ウラベ)

早稲田卒。学生時代は雀荘のアルバイトに精を出しすぎて留年。生業はライターと社労士。ブラジリアン柔術茶帯、クレー射撃元日本代表。
URABEを覗く時、URABEもまた、こちらを覗いている。
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