たいていのことは、オンラインですませばいい。
新型コロナの抑え込みのため、あらゆる面で非接触方式が取り入れられた結果、世界中の人々が気づいてしまったこの事実。筆者が住んでいる中国では、仕事や買い物、役所での手続きといった暮らしにまつわる諸事はもちろん、ビジネスや教育、そして政治に至るまで、一気に「线上化(オンライン化)」が進んだ。
何しろこの国ではコロナ発生後、国家主席が約2年もの間、首脳会談をオンラインで済ませていたほど。最高指導者である例のお方が「これは楽」と思っていたかどうかは分からないが、少なくとも一般市民の多くは、オンラインにすっかり慣れた。
むろん、そのような変化を後押ししたのは、中国が得意とする情報技術の応用であり、海外ならば「そこはオフラインでいいのでは」となって当然の分野ですら、ITの導入が進められている。
そしてそのひとつが、お見合い業界である。
お見合い業界のDX化
中国において結婚という人生の一大イベントが持つ意味は、日本よりもかなり大きい。儒教の影響が色濃く残るお国柄のため、子孫を残さないのは「孝」に反するという意識が強いからだ。また、社会福祉がまだまだ充分でないことから、老後のセーフティーネットとしての役割を子どもに求める向きも強い。
そして何より、自分の子どもが結婚できなければ、一族郎党やご近所に対して面子が立たない。ゆえに、親御さんが我が子にかけるプレッシャーはすさまじく、なんなら勝手に見合い話を探し始める。つまり、もともとお見合い熱の強い国であるのだが、そこにオンライン化の波が訪れた。
そうしていわゆる「出会い系」などとは違う、完全に結婚を前提としたお見合いアプリやプラットフォームが続々と現れたのだ。日本人である自分としては、当然こんな疑問を抱く。
「面と向かって顔を合わさないものを、お見合いと呼べるのか?」
結論からいえば、オンラインでいいよね、少なくとも知り合うきっかけは、となっているのが現状である。結婚難が叫ばれて久しく、少子化が進む中国。果たしてお見合い業界のDXは、そのような状況を変える力となるのか?
カオス渦巻く中国のオンラインお見合い
お見合いといえば普通、かしこまった場所で男女ともにめかしこみ、いざご対面となるもの。ところが、オンラインでいつでもどこでも縁結びができるようになった中国では、そういった固定観念がすでに覆されている。
中国のオンラインお見合いにはアプリもあればWEB上のプラットフォームもあるが、メインとなっているのはアプリのほう。それらの多くは他人が視聴できるシステムになっており、途中で自分が手を上げてお見合いに参加することもできてしまう。布団で寝転がりながらボケーッと見つつ、気が向いたら「はじめまして、嫁に来ないか」と乱入することも可能なわけだ。
そんな人いるわけないと思う読者もおられようが、筆者は断じて、話を盛っていない。車を運転中の人、洗濯物をたたみながら話す人、歩きたばこで自己紹介するオヤジ。顔に泥パックをしている最中の中年女性、ラーメンをすすっている兄ちゃん、さらには途中で爆睡し出す人ーー。
これらは全て、自分が中国のオンラインお見合いアプリで実際に目撃した、自由すぎる求愛者たちである。
中国では私生活を垂れ流す配信者も
なぜそんなことが起きるかといえば、そもそも中国の人々のアバウトというか大陸的気質もある。加えて、さまざまなアプリでライブ配信機能を利用するのが当たり前になったため、私生活の垂れ流しに抵抗がないとことも大きい。例えば、中国ではライブコマースが盛んであり、ゲーム実況配信者のように朝から晩までカメラをONにしている個人EC業者は珍しくない。
そうすると、食事から居眠りまで暮らしのあらゆるシーンが写り込んでしまうわけで、配信するほうも見るほうも、それに慣れてしまっている。ゆえに、お見合いアプリのライブ配信では、結婚を真剣に考えている男女が普段着で、仲人を務める「紅娘(ホンニャン)」だけが着飾っているという場面をよく目にする。
さて、ここで出てきた紅娘なるものが、中国のお見合いにおけるキーパーソン。日本のマッチングアプリではしばしば「AIがあなたにとって最適のお相手を探します」などと謳うものがある一方、中国はIT応用が進んでいるにも関わらず、そこは機械にあまり頼らない。なぜかといえば、中国の結婚事情について熟知していて、仲立ちの経験豊富な紅娘が欠かせざる存在という意識があるからだ。
AIよりも中国の仲人「紅娘」のほうが頼りになる?
日本でも使われている動画共有アプリ、TikTok。その中国版には、紅娘たちが設けたライブ配信アカウント、つまりお見合いの場がたくさんある。前述の通り、これらは通りすがりのユーザーが傍観できるシステム。こっそりお邪魔してみると、紅娘が男女2人の仲を取り持っているケースもあれば、最大9人参加できるテレビ会議型のお見合いが賑わってることも。
当然、紅娘たちはボランティアでやっているわけではなく、アプリのシステムを通じて投げ銭を稼いだり、成功報酬を取ったりしており、中国メディアの報道によれば月収1万元(約18万円)を超える人もいるという*1。
中国の人々は一般に、感情表現がとってもストレート。だが、さすがに見ず知らずの相手とのお見合いともなれば、オンラインであってもコミュニケーションはぎこちなくなる。そこで、紅娘を務める女性(男の場合もそれなりにある)が潤滑油としての役割を果たすわけだ。
もっとも、潤滑油と書いたが、たいがいの紅娘の仕切りはかなり直球で、「一手? 二手?」(中国語で「新品かお古か」、つまり未婚かバツイチかという質問)「家と車はあるか?」といった現実的な話をぶつけてくる*2。
これが日本の仲人ならば、性格や結婚観などの話題から入るのがセオリーで、少なくともいきなり金の話はしない。だが、中国の結婚では、家と車を持っているか、月収はいくらか、戸籍は都市か農村かといった点が極めて重視される。それらの条件が相手の許容ラインであった時、はじめてルックスや身長(これも中国では極めて重要)、性格、相性という話に入れるといっても過言ではない。
実際、紅娘に相談した結果
紅娘は求婚者の希望を聞き、要求が高すぎると判断すればズバリ意見する。例えば、バツイチで家がないからこの人はムリという女性に対し、「家を持っていないのはおそらく離婚で財産分与をしたからで、月収は悪くないからまた買う資力はある」などという超現実的なアドバイスをする。また、筆者はオンラインお見合い&マッチング中華アプリである「伊対」*3というものに乱入し、紅娘に自分の状況を伝えて「私、どうでしょう」と相談してみたことがある。
そこで、「この人ならいいんじゃないの」と提示されたのは、なかなかしびれるお相手。もっと正直に言えば、思わずのけぞってしまった。
だが、しかし。仲人のおばさんのロジックを聞いていると、なるほど客観的に考えれば、それが自分に釣り合う相手なのだろうと認めざるを得なかった(丁重にお断りはしたが)。このような職人的なワザは、AIがそう簡単に取って代われるものではない。ゆえに中国のお見合い業界はIT化が進みつつも、紅娘というアナログな要素がなおも残っている。
中国のオンラインお見合いで特筆すべき点
さらに、中国の特色あるオンラインお見合いで特筆すべきは、身体の不自由な方々専用のマッチングプラットフォームが生まれていることだ*4。
車椅子生活を送っている方や、目が不自由な方にとっては、日常的な外出であっても大変な苦労が伴う。いわんやお見合いをや、といったところで普及したオンラインお見合いは、これらのみなさんに出会いの機会をもたらした。身体が不自由な方専門で紅娘を務める方の投稿をSNSでチェックしていると、多くのカップルのブライダル写真を見ることができる。
そこにはあるのは、まばゆいばかりの多くの笑顔。IT技術は確かに、人々に幸せを届けていると強く感じられる事例と言えるだろう。もちろん、オンラインお見合いには騙しもあり、どう見てもやらせとしか思えない「出会えない系」が混じっているのも事実である。
だが、一人っ子政策を破棄し、ふたり、3人と子どもを持つことを奨励する中国にとって、結婚の後押しは重要な政策マター。出会いにまつわるネット詐欺への取り締まりは、「中国としては」という前提付きながら、かなり力が入っている。普段は当局のネット統制に絶望的な思いをしている自分だが、詐欺の取り締まりには、もろ手を挙げて賛成といった感を受ける。
まとめれば、中国には男女の人口比の偏りや、経済的理由による独身者の増加など、ITだけではどうにもならない課題が山積している。それでも、未曾有の結婚難に取り組むためには、結局のところありとあらゆるオプションを投じるしかなく、お見合いのオンライン化はそのひとつ。
日進月歩で進んでゆく情報技術がキューピット役となり、中国でより多くのカップルが生まれることに期待したい。
*1:界面新聞「専業紅娘、飛び交う謝礼、月収は1万元超え……斜陽だったお見合い市場がオンライン化で人気沸騰」
*2:界面新聞「お見合いを避けていた男女が打って変わって注目する『ライブ配信紅娘』」
執筆
御堂筋あかり
スポーツ新聞記者、出版社勤務を経て現在は中国にて編集・ライターおよび翻訳業を営む。趣味は中国の戦跡巡り。
※『さくマガ』に掲載の記事内容・情報は執筆時点のものです。
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