イノベーションとは、既存の知と既存の知を組み合わせて新しいアイデアを創り出すことです。つねに新しい知と知を組み合わせ続けなければ、イノベーションはおきません。長い歴史や伝統を持つ企業でDXやイノベーションに取り組むのは、相当なハードルがあることは容易に想像できます。
一方、受け継がれてきた伝統的な技術や技能は、強みでもあります。本業の伝統的な技術と遠くで得た知見を組み合わせ、イノベーションをおこすことは可能でしょうか。伝統的な企業だからこそ実現できる「イノベーションの可能性」について追及します。
Sansan株式会社が開催した「Sansan Evolution Week 2022」の講演内容をもとにお届けします。
入山 章栄(いりやま あきえ)さん プロフィール
早稲田大学大学院 早稲田大学ビジネススクール 教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所で主に自動車メーカーや国内外政府機関へのコンサルティング業務に従事した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授。 2013年から早稲田大学大学院 早稲田大学ビジネススクール准教授となり、2019年より現職。Strategic Management Journal, Journal of International Business Studiesなど国際的な主要経営学術誌に論文を発表している。
楢﨑 浩一(ならさき こういち)さん プロフィール
SOMPOホールディングス株式会社 グループCDO 執行役専務。1981年早稲田大学政治経済学部卒業、同年三菱商事株式会社入社。シリコンバレー駐在を経験。ベンチャーの魅力に惹かれ、2000年に現地で転職後、5社のソフトウェアスタートアップで事業開発や経営に携わり、シリコンバレーに通算12年在住。2016年5月、SOMPOホールディングス株式会社グループCDO執行役員に就任、2017年4月より現職。また、2019年11月Palantir Technologies Japan株式会社代表取締役CEOに就任(SOMPO CDOとの兼務)。 米MBA、米CPAに加え、情報処理安全確保支援士、ITストラテジスト、第1級陸上無線技術士、電気通信主任技術者、DeepLearning G検定等々ICT関連の資格を多数保持。
鈴木 万治(すずき まんじ)さん プロフィール
1986年日本電装株式会社(現株式会社デンソー)入社。宇宙機器開発、R&D、CAE、モデルベース開発、EMC、故障診断など、ほぼ4年毎に異分野の全社プロジェクトを担当。R&Dからアフターマーケットまでの全ての開発のライフサイクル、またメカ・エレ・ソフトの各分野の実践経験、スキルと人脈を持つ。2004年にCMUとINSEADでビジネスの基礎を学ぶ。2017年から2020年までの3年間Silicon Valley Innovation CenterのVice President, Innovationとして新事業開発を推進。農業分野で新ビジネスを起動した。現在は、本社に帰任し全社戦略構築と新規事業開発を担当。
「知の探索」とはイノベーションを起こす基本原理
入山章栄さん(以下、入山):「知の探索」は、世界の経営学でイノベーションを起こす基本原理としてよく知られています。これからは変化が激しく先の見えない、正解のない時代です。だから、とにかく新しいことを会社がどんどんやって、イノベーションを起こし続けるしかありません。
では、どうすればイノベーションが起きるか。イノベーションの第一歩は、新しいアイディアを生むことです。新しいアイディアは、既存知と既存知の組み合わせから生まれます。
ところが人間の認知には限界があるので、放っておくと新しい知が生まれません。そこで、なるべく自分から離れた遠くの知を、幅広くたくさん見ることが重要です。これを知の探索といいます。
一方で、組み合わせて「これはいけそうだな」と思ったら、それを深堀りすることが「知の深化」です。会社は収益化してお金を儲ける必要がありますから、知の深化も必要になります。この知の探索と知の深化のバランスの良い会社が、イノベーションを起こす確率が高いです。
ただ会社というのは、どうしても知の深化に偏るんですよね。
「探索しよう」と言うのは簡単ですが、やるのは大変です。大変だし、無駄に見えるし、失敗も多いし……。ある程度、既存のものをぶっ壊さないといけないかもしれません。なので、旧態依然たる日本の会社ではなかなかできていなかったわけです。
楢﨑さんも万治さんもシリコンバレーにいた経験があり、知の探索ができています。おふたりのような方々がさらに出てこないと、日本でイノベーションが起きていきません。
楢﨑浩一さん(以下、楢﨑):40年以上仕事をしていて、ずっと知の探索をしてきています。以前居た会社では「なにをやっているのか、わけがわからない」と言われ続けていました。1997年にシリコンバレーへ赴任したのですが、あちらのほうが面白いなと思い2000年に転職し、スタートアップでの生活がはじまりました。
私の大好きな言葉に「Jump Ship(ジャンプシップ)」という言葉があります。文字通り船から飛び降りるという意味です。知の深化の権化から飛び降りて、シリコンバレーに乗り込みました。いまは大企業にいますが、中からぶっ壊しながら新しいものを作っています。
鈴木万治さん(以下、万治):知の深化はスポーツフィッシングのような感じです。極めれば極めるだけ、どんどんうまくなっていきますが、いま僕がやっているのは、知の探索である底引き網です。やっていても網にかかるのは、ほとんどゴミかもしれません。
僕は、会社の外の人と話すようにしています。あとは、何事も体験しないとわからないので、いろいろな物事を試しています。たとえばテスラに乗ったり、Oculusを使ったりしています。
入山:日本はずっと終身雇用でしたから、同じ会社の中でみんなと同じことをやっているのが当たり前でした。ところが、いまは知の探索が必要になってくるから、おふたりみたいな方が必要です。でもこういう方々って、一見やっていることが無駄に見えるし、儲からないんですよね。やがて儲かる可能性があるんですけど、すぐには儲かりません。だから、どうしても異端に見えてしまいます。
日本の課題はここにあるので、どうやって破壊していくかをおふたりからお聞きしたいです。
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実際に組織内で苦労していること
楢﨑:損保ジャパンは保険会社です。私がやっている仕事は、もちろん保険会社に資することもありますが、基本的には保険と関係ないことをやっています。
そうすると、周りは無関心になります。それからなんとなく「うざいな」という空気。そういう感覚はいまだに少しあると思うんです。
ただ、お客さんとかが「いや、損保ジャパンさんすごいね。楢﨑って奴がデジタルでやっていることを見たよ」と言ってくれると、役員や社員が「当然です。そういうことをやらせているので」と答えるわけです。
私個人もそうですけど、部署もそうだと思います。とくにデジタル系やイノベーション系の部署は、そういう宿命ではないでしょうか。
入山:楢﨑さんのように、業種という考えにこだわらないことが大事だと思います。保険業じゃないことって、保険をやっている人から見たら「なんだこれ」という話になりますが、そもそも業種って勝手に概念で決めているだけなんですよね。
ソニーが復活しましたが、平井さんが改革したときって金融とエンタメで儲けましたよね。エレクトロニクスが中心だった以前のソニーとは違う業種です。「業種」という、どうでもいい既存概念をいかに外していくかが大事です。
万治:イノベーションの問題は、社内にあると思っています。収益の99%は現業で稼いでいて、新事業はすぐには稼げません。
結局、いま稼いでいる人と、そうではない人たちでカルチャーが違うんですよね。現業の人たちは、今日のお金を稼いで今日の会社を良くしようと思っています。新事業の人たちは、10年・20年後の会社を良くしようとしてやっています。本当は同じところを向いてみんな頑張っているのに、お互いに相手を理解できなくてディスり合うのはよくある話です。
でも、基本的にはみんな同じ方向に向かってやっているんです。お互いにリスペクトできるような翻訳者がいないと、少し難しいかなと思います。
失敗を認める組織
入山:Appale創業者のスティーブ・ジョブズは、多くの製品で失敗しています。Amazonのジェフ・ベゾスもやっていることのほとんどが失敗です。
だけど撤退基準を持っているから、ダメだと思ったら撤退できるんです。孫正義さんもそうですよね。ご自身で「俺は撤退戦の達人だ」と言っています。
いかに失敗から学んで、どんどん新しいことをやっていけるのかが大事です。
楢﨑:私が入社するときに、代表の櫻田から「あなたは失敗したことがありますか?」と聞かれました。そこで「売るほどあります」と答え、1つずつ説明しました。
その後、どうしてあのような質問をしたのか聞いたところ「自分は失敗をしていない人間は信用しないことにしている」と言うわけです。さらに「損保ジャパンは、減点主義になってしまっている。楢﨑さんは、うちで良い失敗をしてほしい」と言いました。
「失敗したら、クビですか?」と聞いたら「素晴らしい失敗をしたら褒める」と言いました。それによって「何万人もいる社員が減点主義ではないと言っても信じないカルチャーを変えたい」と言うのです。
でも、そう言われると失敗できないですよね。逆に気合が入ってしまうので。細かな失敗はもちろんしていますが、全部レポートしています。
万治:シリコンバレー的な考え方で言うと「打たないシュートは入りません」。
とりあえずシュートを打つんです。ただ、シリコンバレーもどんな失敗でも褒めるかというと、そうではありません。しっかりと失敗の中身を見ています。きちんと学べる失敗だったら大丈夫、みたいな感じです。
入山:もちろん、誰もが失敗したくてするわけではありません。でも知の探索をする以上、失敗は生まれます。それをどのように組織で受け止めるかが、日本企業のいちばん重要なポイントです。
1つは、組織を切り離すやり方ですよね。あと1つは評価制度の見直しです。日本の場合は減点主義が多いので、失敗を受け止められるような評価制度に変える必要があります。さらに最近は「企業文化」にも注目しています。失敗を恐れないようにしたければ、失敗を恐れない企業文化を戦略的に作るべきです。これが日本企業の弱いところだと思っています。Netflixは企業文化を戦略的に作っていて、企業文化は絶対守ります。楢﨑さんと万治さんは、企業文化についてはどう思いますか?
楢﨑:大賛成です。SOMPOグループのパーパスは「安心・安全・健康のテーマパーク」です。保険の「ほ」の字も入っていません。
よく第2の創業みたいなことを言いますが、まったく違う会社を作るんだくらいのことを考えていますし、そこがSOMPOグループの良いところだと思います。
万治:デンソーは、車の部品メーカーだとみなさん思われているのではないでしょうか。その概念の抽象化度を上げることが必要だと思うんですね。部品メーカーから抽象度を上げて、より高いパーパスを設定することを、いま会社がやっています。時間はかかると思いますが、経営層も現場も頑張っているので夢を持って取り組んでいます。
日本企業がイノベーションで巻き返すため
万治:日本が思っている日本の強さではなく、グローバル視点で見た日本の強さを正しく認識すれば、日本のイノベーションは勝てると僕は信じています。
楢﨑:日本企業は、いろいろな意味で瀬戸際にいます。そこをポジティブに考えて、一気にイノベーションしちゃいましょう、知の探索をやっちゃいましょう。終身雇用も厳しくなっているので、本当にいまが最大のチャンスだと私は思っています。
入山:僕も日本企業にはチャンスがあると思っています。とくにデジタルの文脈でいくと、僕の理解ではこれからデジタル競争の第2回戦に入ります。第1回戦は、GAFAに負けたわけですよ。ただ、負けたといってもスマホとかタブレットのバーチャル空間で負けただけです。
これからのデジタル第2回戦はIoTです。IoTはデジタルとモノが関係するので、モノが良くないと勝てません。リアルとデジタルが融合する世界になるので、リアル側である現場の強さが必要です。だからこそ、現場の強さがある日本企業にはチャンスだと思っています。