2021年11月、私は無実の罪で軟禁されました。というのはウソで、ほぼ軟禁状態で10日間を過ごすという、貴重ではあるが二度と味わいたくない経験をしました。
軟禁の理由は「海外から帰国したため」です。ご存じのとおり、新型コロナウイルス変異株の水際対策によるもので、原則として帰国後14日間、不要不急の外出は禁止となります。しかし、日常生活で必要な飲食物等の購入のために近所のスーパーを訪れることは許されています。
ではどうやって「近所のスーパーへ行った」ことが確認できるのでしょうか? それは、スマートフォンに搭載されているGPSと、厚労省の専用アプリ(MySOS)の位置情報により、その人の居場所が確認できるからです。
これまで、旅先で現在地の確認をしたり、お目当てのレストランへの最短ルートを検索したり、自分の目的達成のために利用していたGPS。それが今回は自らの行動を監視するために使われるとは、なんたる皮肉でしょう!
「スマホを持っていない人や、使い方がわからないお年寄りなどはどうすればいいの?」
そんな声も聞こえそうですが、心配無用。スマホについては、なんと空港で強制的にレンタルさせられます(笑)。そしてアプリの使い方がわからないお年寄りなどには、専門スタッフがその場で親切丁寧にレクチャーしてくれるのです。
私は羽田空港を利用しましたが、早朝にもかかわらず帰国便の搭乗者の何倍ものスタッフが待ち構えており、スタンプラリーのように次々とチェックポイントへと流されます。そして国籍や老若男女問わず、全ての帰国者・入国者が強制的にスマホへ専用アプリをインストールし、これから始まる「恐怖の軟禁生活」の準備を整えさせられたのでした。
AIに管理される帰国者
帰国の翌日。スマホをいじっていると突然、見慣れぬ通知が届きました。
「健康状態の報告をお願いします」
(おぉ、これが毎日の体調チェックのお知らせか…)
質問項目は簡単なもので、
- 37.5℃以上の発熱がないか
- せきやのどの痛み、鼻水、息苦しさなど風邪の症状はないか
この2つの質問のみで、いずれも「はい」「いいえ」をクリックすることで完了します。
大した質問ではないのですが、毎日強制的に健康状態を報告しなければならない、というシチュエーションは初めてのこと。そのため、健康体にもかかわらず僅かな体調の変化が気になり、なぜか元気をなくすという複雑な心理状態を味わいました。
そして昼過ぎ、またもや突如「通知」が。しかし今度の通知は健康状態の報告に比べると、どこか威圧感があり内容も重要かつ緊急性がある様子。
「現在地報告の確認です。今すぐ、現在地報告ボタンで現在地をご報告ください。ご報告いただけない場合、入国者健康確認センターよりご連絡することがございますので、ご理解ご協力をお願いいたします」
「今すぐ報告しろ」という言葉には、強制力以上に見えないプレッシャーを感じます。自営業の私には上司という存在はいないため、誰かに「今すぐ報告」をすることなどそうそうありません。そんな平和で穏やかな毎日を過ごしてきた小市民が、急に「今すぐ報告しろ!」という命令を受けると、なぜかフリーズしそうになります。
相手はAI、人間ではありません。しかし今すぐ彼または彼女へ、現在地の報告をしなければならないわけで、これを怠るとどんな罰が待っているのか分かりません。ルール違反を犯し最悪の事態に陥ったとき、相手が人間ならば「情」に訴えかける手段もあるでしょう。しかし相手がロボットとなると、これはさすがにどうにもならない気がするのです。
しぶしぶ、いや、すぐさま「現在地報告」ボタンをタップ。これにより、私の現在地が入国者健康確認センターへと報告されました。ちなみにこの「今すぐ」は、どのくらいの許容範囲があると思いますか? たとえば昼寝や入浴中に通知が届いても、それに気がつかない場合もあります。そんな時、後から慌てて「現在地報告」を連打すると、
「時間切れです。次回の報告をお待ちください。」
というメッセージが現れます。待機期間中、私は何度かこのような「すれ違い」がありました。そこで、せっかくなので個人的にデータを集計した結果、通知受信後20分が経過すると現在地報告は送信できないことがわかりました。よって「今すぐ」は、通知から10~15分程度のバッファがあるという発見をしたのです。
「そんなくだらないことをするほど暇だったのか?」
と思った人もいるでしょう。えぇ、その通りです。自宅で軟禁状態のため、することといえばこの程度のことしかないのです。それでもこの大発見にたどり着いた時は、えも言われぬやりがいと達成感に満たされました。あぁ、ヒマって素晴らしい。
AI対人間
とはいえ健康状態の報告も現在地報告の確認も、技術としては珍しくも新しくもありません。プッシュ通知は以前からありますし、現在地の確認はGoogleマップなどでも利用しているため、驚くほどのものではないからです。
しかし今回、AIの進歩と活用について最も衝撃を受けたのは、毎日2回ほどかかってくる「AIからのビデオ通話」でした。
これは前出の健康状態、現在地報告に加え、帰国者が守らなければならない義務の3つ目となる「居所確認」を指します。現在地報告はGPSによる位置情報の確認ですが、居所確認は実際に待機場所(通常は自宅)にいるかどうかのチェックのためにおこなわれます。
AIからビデオ通話の着信があったら、必ず応答しなければなりません。また、ビデオ通話中は自分の顔だけでなく、背景まで映す必要があります。これは、自宅等の屋内にいるかどうかの確認も兼ねているからです。
もしも居所確認に応じられない場合は、警備会社のスタッフが自宅等を訪れて居所確認をおこなう場合があるのだそう*1。
この徹底ぶりは驚きと同時に、AI技術の進化を見せつけられる形となりました。ビデオ通話の背景が自宅ではないとAIが判断した場合、折り返しの連絡や、警備会社が来る可能性があるわけです。
というような説明を受けたのですが、実際はそこまで緊迫する事態に至ることはありませんでした。
ケース1
ある日の夕方、時差ボケの影響もあり昼寝中に居所確認の着信が。寝ぼけ半分で応答ボタンをタップし、画面に写るガイドに合わせて自分を映そうとしたところ、部屋は真っ暗、おまけに顔が半分隠れるフードをかぶっていた私は、画面にまったく映っていません。しかし眠さが勝り、部屋の電気をつけることもフードを取ることもせず、そのままビデオ通話は終了。
ケース2
ある日の午後、近所のスーパーへ買い物に行く途中で着信が。当然ながら自宅にいない私の背景は、にぎやかな街並みや澄み切った青空が映っています。しかし何事もなくビデオ通話は終了。
このように、私の場合「自宅等の屋内にいるかどうかの確認」ができないケースが何度かありました。さらにはビデオ通話を2回連続でスルーしてしまった日もありました。にもかかわらず、その後に折り返しの連絡もなければ、警備会社のスタッフが自宅を訪れることもありませんでした。
これらについて、AIが居所確認の判定を誤ったのか、はたまたそれ以外の理由なのかはわかりませんが、とりあえずは無事に待機期間を終えたのでした。
どうせお役所仕事だから・・・を覆したAIの実力
ワクチン接種2回完了の私は、自宅待機10日目にPCR検査を受けて陰性だった場合、その結果を届け出ることで待機終了となります。そこで10日目の朝、さっそく自主検査を受けにクリニックへ向かいました。
「ではMySOS(専用アプリ)を開いてください」
クリニックでの第一声はこれでした。なぜアプリを開かなければならないの?
「待機期間短縮のための自主検査は、アプリを通じて検査結果が通知されます。そしてアプリから入国者健康確認センターに届け出をするんです」
なるほど、そういうことだったのか――。スタッフの指示に従い、アプリを開いて必要項目を埋める私。しかし肝心のPCR検査はたったの1分で終わったため、久々の外出を満喫したい欲望はサラッと一蹴されてしまいました。
それから数時間後、アプリに検査結果のデータ画像が届きました。
「陰性(Negative)」
非常にあっさりとした検査結果データを、そのまま当局へ転送。あとはどのくらいで届出が受理されるのか・・・
と思っていたところ、一件の通知がありました。
「待機解除通知」
なんという速さだ! 送信した瞬間に受理されるとは――。
これもすべて、人間ではなくAIを取り入れたことによる成果。国の対応は「遅くて複雑」というのが定説でした。しかしこれからは、AIの活用により迅速かつ簡潔な届出が可能となるでしょう。
私たち人間が、人間ではない存在に監視・管理されることは、決して気分の良いものではありません。しかし効率的な対応という点では、今回のアプリ活用は評価できるものだと感じました。良くも悪くも、この流れが止まることはないでしょう。
※こちらの記事にある情報は、2021年11月時点のものです。
≫ 【導入事例やサービス紹介も】さくらインターネット お役立ち資料ダウンロードページ
執筆
URABE(ウラベ)
早稲田卒。学生時代は雀荘のアルバイトに精を出しすぎて留年。生業はライターと社労士。ブラジリアン柔術茶帯、クレー射撃元日本代表。
URABEを覗く時、URABEもまた、こちらを覗いている。
Instagram
※『さくマガ』に掲載の記事内容・情報は執筆時点のものです。
- SHARE