あなたは『ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論』という本を読んだことはありますか。ないですか。読んでください。なにせ、そこにはあなたが日々イラつきながらこなしている「クソみたいな仕事」の実態が描かれているのですから。
DX以前からあるブルシット・ジョブ
「ブルシット・ジョブ」とは、直訳すると「クソな仕事」になる。ブルシットは「クソ」としか翻訳しようのない、汚い英語だ。ビジネスでは通常使うことが許されないほど、汚い言葉を使うしかないほど、ゴミのような仕事を指す言葉――。それが、ブルシット・ジョブである。
ここでもうピンときた人もいるのではないか。人生で、ブルシット・ジョブを完全に避けて生きてこられた人は相当少ないはずだ。私もあなたも、ブルシット・ジョブの経験者である。
この書籍では、ブルシット・ジョブを5つに分類している。
- 誰かを偉そうに見せるためだけの仕事
- 他人を脅してものやサービスを買わせる仕事
- 誰かのミスを尻拭いするだけの仕事
- 誰かがサボった仕事を「やったふり」に見せる仕事
- 他人へ仕事を振り分けるだけの仕事
ああ……。と、ここで、声が漏れる人もいるはずだ。私は1番目から5番目のブルシット・ジョブを全部やってきた。たとえば、常駐した場所では偉い人が印鑑を押して「この書類を見たよ」と形ばかりでも示さなくてはいけなかった。
何でもかんでも印鑑を押さねばならなかったので、私は印鑑を押しやすいように「印鑑押しシート」を作成した。偉い人が列に沿ってトン、トン、トン、と印鑑を押す流れをぼんやりと見ていた。彼ら・彼女らはまともに書類なんて見ていなかった。
ただ、あとからミスが見つかったときに、自分だけのせいにされないために「みんなで」印鑑を押しているだけだ。実際、書類から大きなミスが見つかることは多々あり、そして誰のせいにもならなかった。なぜなら、印鑑押しで責任も分散されたからだ。
ブルシット・ジョブをDXのフィルターに通すと?
そして、このブルシット・ジョブを改善しないままDXを進めると、ロクなことにならない。2019年、発売されるやいなや話題になったのが「自動押印ロボ」だ。デンソーウェーブ、日立キャピタル、日立システムズという堂々たる超大手企業3社で共同開発された堂々たる製品だ。自動押印ロボは、1枚の書類を”2分かけて”自動押印してくれる。
……と聞いて「効率化された非効率」の究極系に、ガックリきた人も多いだろう。そして、これだけ大手ならば事前調査もせず、製品開発に踏み切ることもない。おそらく、実際のニーズもあると確認できたからこそ、高額な製品開発に踏み切ったのであろう。
これぞ、ブルシット・ジョブをそのままDXで昇華した答えの一つだ。どんなにテクノロジーが発達しても、どんなにネット回線が早くなろうとも、そこにはブルシット・ジョブがある。そして、ブルシット・ジョブを消さない限りは、「DXが進んだブルシット・ジョブ」が増えるだけなのだ。
ブルシット・ジョブのまま進むDXの例
最近の例では、Zoomの「上座・下座問題」がある。Zoomで表示される順番を、偉い人が上に映るよう配慮しろ、というマナーだ。初めて聞いたときは、私も「さすがにそれはネタだろう」と笑っていた。
が、実際に「取引先が下に配置されるのはいかがなものか、と上司に叱られた」というキャリア相談を受け、衝撃を覚えた。こうして、実際にZoomで上座を気にする者がいる。そして、「一番下っ端の人間は、最後までZoomに残り偉い人々が退出するまで待つべき」と思う人間がいる。これぞ、ブルシットDXの誕生シーンだろう。
私個人はそこまで強烈な「Zoomマナー」を見たことはない。だが、たとえば社内のトップクラスの人間が、オンライン会議を使いこなせず、部下に頼り切っているケースは多い。
何なら、ハナからオンライン会議に参加するのは難しいからと「別で電話してくれ」と依頼する者まで出てくる。ひどい話だと、DX推進課やIT部門の長ですら、部下にIT面では頼り切り……という話も聞く。こういった事例こそ、ブルシット・ジョブに挙げられていた「誰かのミスを尻拭いするだけの仕事」の最たる例だろう。
ブルシット・DXを正当化するのをやめる
では、こういうブルシット・DXはどうやって減らしていけばいいのか。まずは、ブルシット・ジョブが「クソ」だと自覚することだ。
業務改善ができないのは、そもそも自分の中で
「社内政治も、必要な仕事だから」
「こうして年功序列制度があるおかげで、自分も年をとったときに楽できるから」
「こんなことでイライラするのは、成熟していないからだ」
と、自己欺瞞をかぶせて、ブルシット・ジョブを正当化しているからではないか。
誰かの尻拭いや、誰かに仕事を振り分けまくるメールの山。まずはこれを「ブルシット・ジョブ=クソみたいな仕事」と呼ぶことだ。そして、ブルシット・ジョブと呼んでみた上で、根本的な原因を考える。
たとえば、あなたの会社ではオンライン飲み会があったとする。オンライン飲み会だと、ラストオーダーを店員が教えてくることはない。だから、延々と飲みの時間が伸びてしまい、翌日も二日酔いが残るとしよう。
ここで問題なのは、飲み会がオンライン開催されたことではない。飲み会を若手が切り上げる文化を持っていないことだ。ブルシット(クソ)が生まれた理由を、DXに押し付けてはいけないのだ。
文化は集団で声を上げれば変えられる
「それは分かるけどさぁ……」
と、あなたは言いたくなるかもしれない。
「ブルシット・ジョブが生まれている原因? それはお偉方のワガママだが? 偉い人を片っ端から消すのがソリューションか?」
というのは、実際に私が言われたことのある言葉だ。確かに、お偉方のワガママが原因で、ブルシット・ジョブを生んでいる土壌はある。
だが、そのお偉方を甘やかしているのは誰かというと、下にいる社員たちなのだ。もちろん社員1人では、偉い人に対抗できない。だが、一致団結してものを申したときには、実は偉い側こそ無力だ。それほどまでに部下へ依存している偉い人々は、下の者なしに何もできないのだから。
その際に効果的なのは「集団でお偉方に反抗する」のではなく、その人よりさらに上の階層へアプローチすることだ。執行役員やら取締役へ、取締役なら社長へ。社長なら先代の社長へでも。子会社なら親会社の役員へ、支店なら本店へ。
DXを進める目的は「組織改革」
「ブルシット・ジョブを生んでいる人」が、強制的に動かされそうな人を探して、集団で相談するところから始めよう。ブルシット・ジョブの作り手が会社のトップだったら会社を離れていいかもしれないが、上の階層がいるならまだチャンスはある。
そもそも、DXを推進する目的は「組織改革」だ。ITは、組織改革の途中にある道具でしかない。目的にあるはずのビジネスモデルの効率化が果たせないならば、DXだろうが、アナログ化だろうが、する意味はない。
DXを魔法のように誤解して、「DXさえどうにかすれば」と会社へ夢を見るのは一度やめたい。会社を動かしているのは人だ。人材を変えないことには、ブルシット・ジョブから、ブルシット・DX・ジョブが生まれるだけである。
さらに言えば、予算を動かして「それっぽいDX」を推進すること自体が、ブルシット・ジョブの始まりだ。あなたは、新たなクソ仕事を生んでいないだろうか。
DX推進の手を進める前に、まずは「自社の業務効率をどう上げるべきか」という、根本の目的に向き合っていくべき……と、言いたいところだが、難しい、難しいよね。それでも何とか、向き合って行こう。まずはあなたの周りにいる、ブルシット・ジョブをリスト化するところからだ。
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(参考)デヴィッド グレーバー 著,酒井 隆史, 芳賀 達彦, 森田 和樹 翻訳,2020年『ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論』岩波書店