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全盲の父は平等にインターネットの恩恵にあずかっている

全盲の父は平等にインターネットの恩恵にあずかっている

インターネットの普及により便利になったことを挙げればキリがありません。その恩恵にあずかり、私たちの暮らしはより豊かになりました。

しかしこれは、インターネットによる情報をパソコンやスマホの画面を通じて手に入れることができる、我々だからこそ感じるありがたさともいえます。

たとえば目の見えない人にとって、インターネットとはどのような存在なのでしょう。

競馬と株式投資が趣味の父

私の父は目が見えません。私が生まれた頃にはすでに失明していたため、私がどんな顔をしているのか知りません。

幼いころ、久しぶりに会った親戚のおばちゃんの営業トークで、

「こんなにも美人な娘さんになって!」

などとお世辞を言われると、父はまんざらでもない表情でした。

どうせ一生私の顔を見ることはないのだから、想像上は「絶世の美女」ということで脳裏に刻み込んでもらうのが、せめてもの親孝行。

それを母が横から、

「そんなことないですよ、こんな男の子みたいな」

と口を挟むたびに、

「余計なことを言うな!」

と内心、腹を立てていたことを思い出します。

そんな父の密かな楽しみが、週末に開催される「競馬」でした。株式投資にも熱を入れていた父は、普段からラジオにかじりつき、NHKやラジオ日経から流れる「株式市場」に耳を傾けていました。

それが土日となると朝からラジオ全開、株価がファンファーレに替わり、家中が「競馬市場」であふれかえっていました。さらにテレビ中継が始まると、決まって私が招集されます。

余談ですが、我が家は父が全盲、母は片方の目が見えないということで、両目が見えるのは私一人。よって、幼いころから目については異常なくらいに気を使ってきました。

毎月、大学病院で網膜の検査を受けたり、テレビや読書は禁止されたり。小学生の私はアニメを楽しむことすら許されませんでした。

そんな私が唯一、テレビを見ることができたのが、皮肉にも土日の競馬中継だったのです。

東は東京競馬場、西は阪神競馬場、北は札幌競馬場と3箇所で同時開催している時など、忙しくて仕方ありません。さすがの父も耳からの情報だけでは追い付かず、娘の私を使って調教タイムや馬体重、パドックでの馬の様子などを事細かに報告させます。

「あ、8番がウンチした!」

「なに?! よし、8番は外そう」

といった感じで、レース前の馬がパドックでウンチをすると、レースに対する集中力が切れていると判断され、父の馬券リストから外されます。

「13番はお尻が真っ白だよ」

「汗をかきすぎてるのか。それも外そう」

ご存知の方も多いと思いますが、馬の汗は白いのです。

 

馬の汗には石鹸に含まれる『界面活性剤』と同じ成分が含まれています。 そのため、手綱やゼッケンで肌がこすれると白く泡立つのです。

(引用:JRAのFacebook

 

ということで、適度な汗は馬の準備ができている証となりますが、過度な発汗はすでに疲労しているか、極度の緊張状態にあると考えられ、こちらも父の馬券リストから除外となります。

「あ! 阪神がスタートするよ」

「ちょっと待て、東京を買ってからにする」

こんな会話が小学生の私と父との間で交わされる週末。母は呆れ顔で台所へと避難していました。

いま思うと私が父の目となり脳となり、ある種「AI」の役割を果たしていました。馬の名前はカタカナ、馬番は数字、調教タイムも馬体重も前走成績も全て数字。小学校低学年でも十分、役に立つのです。

「ねぇ、当たったの?」

「どうかな。じゃあ次は札幌を見てもらおうか」

父がどの馬券を買ったのか、私は知りません。そそくさと電話投票を済ませ、レースが終わると喜びも悲しみもせず、淡々と次のレースへ切り替えるのが父のやり方。

こうして私は黙々と、父が必要とする情報をテレビ画面から読み取り、伝言するのでした。

点字図書と音訳図書

視覚障害者の読書方法といえば、やはり「点字」が主流。今でこそ「音訳図書」が頭角を現してきましたが、父に言わせると、この2種類の読書方法には明確な違いがあるのだそう。

「例えば誰かの自伝を読むときは、音訳図書がいい。ただ聞き流していればいいからな」

「だけど、例えば英語の勉強をする時とか、聞き流しちゃったら分からないこともある。そういう時、点字ならば戻って読み直せる。それは墨字(いわゆる普通の文字)でも同じだろう?」

画像引用:国立国会図書館「障害者向け資料の紹介」  https://www.ndl.go.jp/jp/library/supportvisual/geppo201501/article05.html

▲出典:国立国会図書館「障害者向け資料の紹介」 

 

なるほど、言われてみればその通り。単に話を聞くだけならば音声で十分ですが、しっかりと理解するには立ち止まったり、自分のペースで落とし込む必要があります。

そんなとき、一時停止をして戻す手間を考えると、点字でじっくりと読み進めて行くほうが頭に入るのだそう。過去に父は英検一級を受験しました。点字での受験のため、一般の受験者より1.5倍ほど余分に試験時間を設けられましたが、あえなく散ります。

「点字は流し読みができないから、読み終わるのに時間がかかる。そうなると実力不足には厳しいな」

父の負け惜しみを聞きながら、でもそれはあるのかもしれない、と思いました。私たちが試験に取り組むとき、先に設問や選択肢を読んでから問題文に戻ることなど、特に難しいことではありません。しかし指先で点に触れながら読む点字の場合、これは難しいことです。

順番に読み進めていかなければならない点字でのテストは、時間との勝負であり、一度つっかえると後戻りできません。つまり、全体像を掴むまでの「時間的なハードル」は、文字を読める私たちには想像しがたいハンデとなるのでしょう。

それはそうと、このように「じっくり考える系」の内容は点字、自伝や物語など「聞き流す系」は音声と、父は使い分けているようでした。加えて昨今では、音訳図書のバリエーションが増え、かなりの本を読む(聞く)ことができるようになりました。

DAISY(Digital Accessible Information SYstem/デイジー)と呼ばれるデジタル録音図書の国際標準規格があり、CDならば50時間以上の録音が可能。そしてこれらのCDを点字図書館や公共図書館から貸し出してもらうことで、多くの音訳図書を楽しめるのです。

(参考:社会福祉法人日本視覚障害者団体連合「2.音訳図書について」『視覚障害者の読書について』

さらに2011年からは、サピエ図書館*3でデイジーをダウンロードする方法がスタートしました。これにより、わざわざ図書館へ出向くことも、配送の手間をかけることもなく、その場でタイムリーに読書が可能となりました。

インターネットを使って何かを調べることは、視覚障害者にはやや難しい作業となる場合もあります。しかし、インターネットを通じて音訳図書のデータをダウンロードすることは、デバイスの操作さえ覚えれば簡単です。

このような利用方法が浸透すれば、「インターネットの恩恵にあずかる」という点では、視覚障害者も健常者も、誰もが平等にサービスを享受できるのだと感じました。

父と私の専らの連絡手段

ここ10年、全盲の父と私との連絡手段は意外や意外、メールとチャットです。 父の携帯電話は未だにガラケーで、スマホに搭載される機能はありません。しかし文章を作成したり、読み上げたりすることはできます。

ガラケーが便利な理由の一つに、

「ボタンがどこにあるかが分かりやすい。文字入力を間違えずに文章を作れる」

という、アナログであるがゆえのメリットが挙げられるのだそう。

ガラケーのボタンは「5」に凸が付いているので、そこを中心に他の数字を判別します。そして「1」を3回押せば「う」となる、いわゆる「ポケベル方式」で文字入力します。

アナログな父は、どのボタンを何回押したかで文字を記憶しており、タッチパネルだとそれができないため難しいのだそう。その一方で、実家の最新デジタルデバイスである「音声アシスタント」が、目覚ましい活躍を遂げています。

父は毎朝、

「OK、グーグル」

と音声アシスタントに話しかけては、その日の天気や株価をチェックするのだそう。かつてのラジオが、今ではAIに世代交代しつつあるかのような光景です。

そのうち、競馬についても調教タイムからパドックの様子まで、音声アシスタントがサポートしてくれるのではないかと、私の期待も膨らみます。このように「何かを調べる」際には、音声アシスタントは非常に便利。視覚障害者にとって今後、主要アイテムとなるのではないでしょうか。

20年前、遠隔地に住む父と私の交流は、電話しかありませんでした。しかし今ではメールやチャットを駆使するようになり、稀に「顔文字」を使ってくるのには驚かされます。 こうしてインターネットが普及したおかげで、文字を読むことも書くこともできない父が、私とメールやチャットを楽しんでいます。

最初の頃は、ロボットが書いたかのような堅苦しい文章ばかりでした。それが最近では、ひねりを効かせた表現やダジャレなど、あたかも会話をしているようなやりとりが頻発するようになりました。

「チャットの使い方」をマスターした証拠でしょう。

次なる父の目標は、

「スマホを使いこなす」

だそう。

娘として全力でサポートしようと思います。

 

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執筆

URABE(ウラベ)

早稲田卒。学生時代は雀荘のアルバイトに精を出しすぎて留年。生業はライターと社労士。ブラジリアン柔術茶帯、クレー射撃元日本代表。
URABEを覗く時、URABEもまた、こちらを覗いている。
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編集

川崎 博則

1986年生まれ。2019年4月に中途でさくらインターネット株式会社に入社。さくマガ立ち上げメンバー。さくマガ編集長を務める。WEBマーケティングの仕事に10年以上たずさわっている。

※『さくマガ』に掲載の記事内容・情報は執筆時点のものです。

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