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好奇心を持って踏み出す勇気を! 菊タローがアメリカで感じたこと

好奇心を持って踏み出す勇気を! 菊タローがアメリカで感じたこと

「日本でやりたいことや、プロレスラーになって叶えたい夢を実現した」

そう語る菊タローさんに「やりたいことを見つける方法」についてうかがいました。挑戦を続ける菊タローさんの言葉は、やりたいことが見つからない人にとって、たくさんのヒントが詰まっています。

菊タローさん プロフィール

1976年生まれ。大阪府出身。1994年にプロレスラーとしてデビュー。並行してフリーライター、声優としても活動。2016年から拠点をアメリカに移し活動中。特技はパソコン自作。

Twitter:@kikutarochan

YouTube:菊タローTV

小学生の頃から「プロレスラーになる」と決めていた

ーーはじめに、菊タローさんのことを知らない人向けにどのような活動をしているのか、自己紹介をお願いします。

 

プロレスラーをしています。YouTuber的なことも毎日やってますね。声優・役者・ライターもしています。最近までアメリカに住んでいましたが、いまは日本に帰ってきていて、手伝っている会社で使うパソコンを作ったり、ウェブの構築などもしています。

 

ーーどうしてプロレスラーになろうと思ったのでしょうか?

 

小学生の頃に、プロレスを見て面白いと思ったのがきっかけです。見るだけじゃなくて、自分でやったらもっと面白いだろうなと思っていました。そのときに「プロレスラーになる」と決めて、そのままなっちゃった感じです。

小学生の頃から、自分のスキルで生きていけるような「やりたい仕事をしよう」と思っていました。

海外進出で実感した厳しい現実

海外進出で実感した厳しい現実


ーー小学生の頃からの夢を叶えたということですね。菊タローさんは海外進出をされていますが、海外を目指そうと思ったのはなぜでしょうか?

 

日本でやりたいことや、プロレスラーになって叶えたい夢を実現してしまいました。そのまま新しい夢もなく惰性でやっていたらつまらないので、やめようかなと思った中で、まだやってないことがあるなと気づいたんです。それが本格的に海外へ挑戦することでした。 

アメリカやメキシコのトップ団体など、長年海外に行って日本に帰ってきたベテランの方々の話を聞くと、羨ましくて仕方がないんですよ。僕もそういう人たちが通ってきた道を経験してみたいと思いました。40歳でゼロからの挑戦です。

 

ーー実際に本格的に海外進出してみて、いかがでしたか?

 

以前からアメリカで試合をしていたし、日本でも大きな試合に出ていたので、アメリカのプロレスファンも、ある程度は自分のことを知っているだろうと思っていました。

でも、現実は厳しかったです。アメリカで僕のことを知っている人は、本当にいないんですよ。 

アメリカでは、メジャー団体の試合だけを見る層がほとんどです。その中でもWWE(World Wrestling Entertainment)しか見ない人が多いです。

テレビ放映されていない地元のインディー団体を見に来る人は、とても少ない。日本のプロレスを見ている人は、さらに少ないわけです。その中で僕のことを知っている人は、もっと少ない。行って数週間で現実を突きつけられました。

ーーそんな厳しい状況で、日本に帰ろうとは思わなかったですか?

 

アメリカでの菊タローさん

 

それは思わなかったですね。でもアメリカに引っ越して4か月くらい経った頃に、かなり参ったエピソードがあります。

アメリカで買ったボロボロの車で、試合のためにラスベガスからフロリダ州のオーランドまで行く機会がありました。でも途中で車がオーバーヒートして、冷却水が漏れたときは「この車で往復6,7千キロの距離を走りきれるんだろうか」と不安になりましたね。さすがにハートがきゅーっとしぼみましたね。

そのときに、旅の疲れで右耳が痛くて聞こえなくなっちゃって。耳元で指を鳴らしてもまったく聞こえないんですよ。ほんと最悪でしたね。

こうした状況を生き残ったので、メンタル的にも強くなったと思います。

地元・大阪の魅力

ーー海外の話が続きましたが、日本の話をうかがいます。菊タローさんは大阪出身で大阪にゆかりがあります。弊社も本社が大阪にあるのですが、大阪の魅力を教えてください。

 

住んでみたらわかると思いますけど、暮らしやすいです。あとは移動のしやすさですかね。家賃も東京都内と比べると安いです。僕の地元は大阪市生野区なんですが、コリアンタウンがあるので、本格的な韓国料理が手軽に食べられます。韓国料理好きな人にはたまらないでしょうね。 

プロレスの試合ですと、東京のお客さんも大阪のお客さんもそれほど変わらないですね。でも大阪は財布の紐が堅くて、グッズをあまり買ってくれないですね。「地元だぞ!」って抗議しながら売店に立ってます。

 

ーー地元だからグッズが多く売れるわけじゃないんですね。菊タローさんが、これまでの仕事(試合)で印象に残っているエピソードはなんでしょうか。

 

海外での出来事ですが、試合後に報酬の支払いを待っていて「どうなってる?」って聞いたら、忙しいから明日ペイパルで払うって言われたんです。そうしたら翌日、団体を閉めますって言われたことですかね……。結局支払いもされず、逃げられました。

うれしかったことは、わざわざ3時間も4時間もかけて僕を見たいといって、少年が親に連れられて見に来てくれたことです。

入国拒否でひどい扱い

ーーコロナの影響でハワイから日本へ強制送還されたとニュースになっていました。そのときの様子を教えてください。

 

ニュースで強制送還って出てましたが、強制送還ではなくて「入国拒否」なんです。アパートの整理をするために、日本からハワイ経由でラスベガスに戻ろうと思っていたのですが、入国できませんでした。

入管で取り調べを受けましたが、アジア人差別だと感じましたね。「就労ビザが切れてるのに、明日試合するだろう」って取り調べで言われたんです。

「しない」と答えましたが、「プロモーターに電話したら『明日から試合する』と言ってる」って言うわけです。コロナの影響で、試合なんてあるわけないのにですよ。完全にかまをかけてるわけです。

結局、入国できないので次の便で帰るように言われたのですが、コロナの影響で次の便が2日後でした。拘置所で待機だと思っていたら、刑務所に入れられました。 

アメリカの友達は今回の事件についてすごく怒っていて、僕を助けてくれています。国籍も、人種も、カルチャーも、言語も違う人たちが力になってくれようとしてくれるのはうれしいですね。

 

ーーそんな酷い目にあっても、コロナが収まったらまたアメリカで活動再開するのでしょうか?

はい。アメリカに戻るつもりです。ただ、戻るのにいろいろな手続きをしないといけないので頭が痛いです。このままだと5年くらいアメリカに入れないので、弁護士さんを見つけて手続きをしていきます。

YouTubeでありのままを話しましたが、まとめサイトなどのコメントで、「帰りのチケットも持たずに行ったら帰されるだろ」なんて好き勝手書かれていたんですよ。チケット持ってたわ! 

いまのインターネットって、真実はどうでもよくて自分達に都合の良いこと、面白いことが事実みたいになっていき、情報が独り歩きしてしまうので、粛々と手続きを進めていくつもりです。

菊タローさんの「やりたいこと」 

菊タローさんの「やりたいこと」

 

ーーさくマガのコンセプトが「やりたいことをできるに変える」なのですが、いまやりたいことはできていますか? 

 

この4年間は自分のやりたいことだけをやってきました。日本に帰ってきてからも、毎日笑えているし、やりたいことはできてますね。僕は前向きにしかとらえないようにしています。

落ち込むことは、いつでもできると思うんです。とにかく前向きに。いま日本にいることにも、意味はあるんだろうと考えています。いまのうちに体のメンテナンスをしたり、スキルをつけたりしなさい、ということなのかなと思って、いろいろなことにチャレンジしています。 

具体的なチャレンジとしては、毎朝会社に出社しています。はじめに言いましたが、会社で使うパソコンを作ったり、ウェブの構築をしたりしているんです。大勢の方がやっている「毎朝、会社に出社する」ことが、僕にとっては新鮮です。コロナ禍で生活スタイルはガラッと変わりましたね。

 

ーー菊タローさんは、パソコンを自作していますが、いつごろから興味をもっていたんですか。

 

1999年くらいからですかね。パソコンの作り方を友達に見せてもらったのが、きっかけでしたね。はじめて作ったときは、スイッチを入れたら煙が出てきちゃったんですけど(笑)。

これまでに5,60台くらい作っていますね。アメリカに引っ越すときもパーツをバラして持っていって、現地でケースを飼って組み立て直しました。デスクトップはすべて自作しています。 

好奇心を持って踏み出す勇気が大切

ーー「やりたいことが見つからない」という人に向けてアドバイスをいただきたいです。

 

とにかく好奇心を持つことだと思います。インターネットによって、なんでもわかるようになったじゃないですか。でも、それでわかった気になっている人が多いです。世界の情報もインターネットで見られる時代です。でも、僕は実際に行って自分の目でみないと気が済みません。

好奇心について、印象的なエピソードがあります。アメリカの食べ放題レストランには「ザリガニ」が置いてあるんですけど、日本ではあまり食べないじゃないですか。普通の人はザリガニがあっても、食べようとしません。

でも、僕の声優としての師匠である柴田秀勝さんがラスベガスに来られた際に「柴田さん、これザリガニです」って伝えたら「おお、ザリガニなんか食べるんだ。へえ、どんな味がするのかな」って言って食べたんですよ。さすが柴田さん! と思いましたね。まさに好奇心ですよ。

好奇心を持って踏み出す勇気が大切です。その先に見える景色がありますから。この言葉は柴田さんから教えていただきました。

 

ーー最後に菊タローさんがインターネットを通じて実現できたことを教えてください。

 

これまでできなかったことが、できるようになりました。

新たな表現方法として、TwitterやYouTubeをやっています。YouTubeの編集は自分でやっているので、編集スキルも身につきましたし、サムネイル画像を作るためにPhotoshopも使えるようになりました。

YouTubeでの発信をしていると、収益が出るし、編集スキルがあがるし、Photoshopのスキルもあがります。プラスでナレーションも入れるので、声優としてのスキルも上がるし、経験も活かせます。やることすべてが、スキルアップにつながりますね。

インターネットをうまく使って、自分が表現の幅を広げてスキルも身につきました。そのためにやるべきこと(勉強)は、つらいとは思っていません。

いまの会社でも、プログラミングの勉強をしています。将来なにかに使えるかもしれないですからね。

ーー菊タローさん、ありがとうございました!

 

 

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執筆

川崎 博則

1986年生まれ。2019年4月に中途でさくらインターネット株式会社に入社。さくマガ立ち上げメンバー。さくマガ編集長を務める。WEBマーケティングの仕事に10年以上たずさわっている。

編集

武田 伸子

2014年に中途でさくらインターネットに入社。「さくらのユーザ通信」(メルマガ)やさくマガの編集を担当している。1児の母。おいしいごはんとお酒が好き。

※『さくマガ』に掲載の記事内容・情報は執筆時点のものです。

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