3回目の緊急事態宣言が発令されてすぐ、SNS上で東京がディストピアのようになっているとトレンドに上がっていました。
人が居ない渋谷。夜8時に電気が消えるスクランブル交差点。禁酒令。想像もしていなかった光景に、まるでSF映画の世界が現実のものとなったように感じられました。
発令された地域で働く人たちにとっては死活問題となる今回の要請ですが、SNS上では逆にテンションが上がっている人が多くいたように思います。SF作品の範疇だと思っていた「ディストピア」というワードを2021年の現実世界で体感することができるなんて、SFファンからすれば少し罪悪感を抱きながらも、興奮を隠しきれないのでしょう。
他にも大友克洋さんの『AKIRA』やゲーム『真・女神転生』の1シーンみたいだと、東京の異様な様子がSNS上に次々とアップされていました。
かくいう私も仕事柄SF作品にかなり親しみを持っているので、不謹慎だと思いながらもトレンドをたどって「こ、これはまるでディストピアだ」などと一人で騒いでしまいました。
ディストピア(絶望郷)とユートピア(理想郷)
「ディストピア(絶望郷)」とは「ユートピア(理想郷)」と対極にある言葉で、SF小説や映画、アニメなどの設定としてよく使われます。ひと昔前だと共産主義へのアンチテーゼとして使われた時代もあったり、最近だと人工知能(AI)の発達によってもたらされる近未来の恐怖をあおる言葉としても使われています。
ディストピア作品の共通認識として「政府や機械によって徹底的に管理された社会」という点があります。
ディストピア小説の金字塔ともいえるジョージ・オーウェルの小説『1984』。
- 作者:ジョージ・オーウェル,田内 志文
- 発売日: 2021/03/24
- メディア: Kindle版
この作品では、市民を完全に支配しようとする政府が、「テレスクリーン」と呼ばれる24時間監視システムを国のいたるところに設置し、市民は思想や言論、交友関係や結婚など、生活のほぼすべてを監視・管理されるのです。街中には最高指導者<ビッグ・ブラザー>のポスターやスローガンが掲げられていて、絶対的な忠誠を誓わされています。
ルール違反や仕事をサボったりするとすぐに政府に通知され、危険人物として取り調べや拷問を受けることになります。
管理社会に生きる人達の絶望が描かれていて、ディストピアという社会構造を知るのにはピッタリの小説だと思います、私は電子書籍で読んだのですが、もしこのタブレットが政府の用意した「テレスコープ」ならリアルタイムで監視されているかもしれないと、少し緊張感を持ちながら読んだ記憶があります。
約70年前に出版された小説ですし、設定が難解なので少し読みづらい感じはありますが、SF好きの方はぜひ!
テクノロジーの発展でコントロール?
同じジャンルでも、恐怖を描いた『1984』と対照的に思えるのが、近代のディストピア小説を語るのに欠かせない伊藤計劃さんの『ハーモニー』です。
- 作者:伊藤 計劃
- 発売日: 2012/08/01
- メディア: Kindle版
『ハーモニー』では高度な医療経済社会が舞台になっています。その社会で生きている人間は体内に健康管理用のソフトウエアをインストールさせられて健康・幸福であることが義務付けられていました。人類が滅亡するかもしれないと言われた大災害からの復興を経て、生き残った人間は公共の資産として慎重に、大切に扱われていたのです。
医療が発展した社会では病が根絶されていて、もちろん寿命も長く、人間みな標準体重で、健康そのものなのです。健康を害する飲酒・喫煙・珈琲(カフェイン)は禁止されているけれど、そこに住んでいる人間はみんな笑顔で幸せなのです。
と、ここまで聞くとテクノロジーの発展で成し遂げられた全市民が幸福な社会。まさにユートピアのように思えますが、実は政府にとって不都合な情報の閲覧は制限されていたり、周囲と調和のとれた人間でいられるようにと感情を抑制されていたり、そこに暮らす人々は知らず知らずのうちにコントロールされていたのです。
幸せな社会を実現するという大義名分のもと、実はコントロールしやすいように行動や思想を統制する。優しさの暴力とでもいうのでしょうか、これがディストピア作品の定番であり、葛藤する、読んでいてとても面白いポイントですね。
「行動抑制」と「監視社会」
SFファンとして「ディストピア」について語ってきましたが、緊急事態宣言下における東京と重なるとされた点は、人が居ない、電気の消えた東京の異様なビジュアルと雰囲気だけではないと思っています。
まず、夜間の外出自粛を進めるために夜8時に消灯するという施策、お酒を提供させないという施策、もちろんこのコロナ禍で人を集まらせないためという意図は理解できますが、結果として人の行動を抑制していることには違いありません。
そして、SF映画のように政府による完全な監視はされていないにせよ、ルール違反を犯すと大勢の人が持っているスマホで撮影されてさらされます。今だとマスクを付けずに電車やお店で騒ぐと高確率でさらされると思います(普通に迷惑行為になるのでやらないほうが賢明です……)
さらしてやるという意識がなくても「このお店ではお酒が飲めたよ」とか「8時以降も開いてたよ」といった求めている人が多い有益な情報は拡散されやすく、結果としてお店がさらしものにされたり、嫌がらせを受けたりすることも十分考えられます。無意識のうちに人間が監視社会側になってしまう可能性があるように感じます。
直接的でないにせよおこなわれた「行動抑制」「監視社会」はまさにディストピア社会の特徴です。その類似点を今回の緊急事態宣言下の張りつめた緊迫感のある東京と結びつけたのでしょうね。
何が起きても不思議じゃない時代
ディストピアの話をしてしまうと不安を煽る風になってしまいがちですが、調べてみるとSF映画を好んで見ている人のほうがコロナ禍のようなパンデミックの状況下でもメンタルを強く保つことが出来るという調査結果もあるみたいです。
(参考:ディストピアを描いたSF映画が、心理的レジリエンスを高めるって本当?)
なんでもひどい状況を疑似体験することで、現実でも冷静に対処できたり、映画よりはマシだと安堵感を覚えたりすることもあるそうで。
外出自粛でお時間があるなら、ディストピア作品に触れてみるのもいいかもしれません。
去年、今年とコロナウイルスの影響で何が起こっても不思議じゃない時代に生きていることを思い知らされました。いったん、恐ろしい未来を想像することで先の見えない現実を生きていくためのヒントが見つかるかもしれないと、それこそSFのような活動をしている私は思ったりもするのです。
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執筆
アンドロイドのお姉さん SAORI
モデルとして活動していたがアンドロイドパフォーマンスで注目を浴び、以来アンドロイドタレントとして活動中。
フリーランスになり、ラジオ、YouTube、勉強会での登壇などマルチに活動している。
Instagram :https://www.instagram.com/saotvos/
※『さくマガ』に掲載の記事内容・情報は執筆時点のものです。
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