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女子プロレスラー白川未奈「鼻は折れても心は折れない」人の3倍努力する

 女子プロレス団体「スターダム」で活躍する女子プロレスラー・白川未奈さんにインタビュー。異色の経歴やプロレスラーになろうと思ったきっかけ、骨折しても心が折れなかったエピソードなどについて語っていただきました。

スターダムさんのホームページは、さくらインターネットのサーバーを利用してくれています。ぜひ、ご覧ください。

スターダムホームページ>>

 

(写真提供:スターダム)

(写真提供:スターダム)

白川 未奈(しらかわ みな)さん プロフィール

1987年生まれ。青山学院大学英米文学科を卒業後、ブライダル会社に就職。25歳でグラビアアイドルに転身。ミスFLASHセミファイナリストや小学館ビジュアルウェブS準グランプリを獲得する。 “プ女子部長”というニックネームを持つほどのプロレスファンだったが、それが高じて2018年8月のベストボディ・ジャパンプロレスでプロレスデビュー。2020年10月からスターダムにレギュラー参戦。第25代 現アーティスト・オブ・スターダムチャンピオン

Twitter:@MinaShirakawa

Instagram:mina_shirakawa

白川未奈さんのキャリア ブライダル業界からグラビアアイドル、そしてプロレスラーへ

ブライダル業界からグラビアアイドル、そしてプロレスラーへ

(オンラインでお話をうかがいました)

 

ーーどのような活動をしているのか、白川さんのことを知らない人向けに自己紹介をお願いします。

 

 「あなたのハートにパワーボム、白川未奈です!」

という感じで、いつもご挨拶させていただいています。プロレスラーとして活動しています。現在、第25代アーティスト・オブ・スターダムチャンピオンです。

 

ーーありがとうございます。白川さんはブライダル業界で会社員を経験したあと、グラビアアイドルとして芸能活動を開始し、2018年8月5日にプロレスデビューしました。異色のキャリアだと思うのですが、プロレスラーになろうと思ったきっかけを教えてください。

 

 グラビアアイドルとして芸能界デビューしたのは2013年、25歳のときですが、同じくらいのタイミングで、たまたまプロレスを観戦する機会があったんです。会社員からグラビアアイドルになって、それまでは人前に出ることもそこまで多くなかったですし、慣れない仕事で気分が落ち込むこともありました。そんなときにプロレスに出会ったんです。

身体ひとつで命を懸けて戦うプロレスラーの姿にとても勇気をもらいました。それでプロレスにのめり込みました。自分の悩んでいる感情と、プロレスラーがもがき苦しみながらリングで戦う姿に、自分を重ねたんです。そこから、すっかりプロレスオタクになりましたね。

 

 プロレスデビューしたのは、30歳を迎えるときになって「なにか大きなことをやらなければ」と思ったからです。それまではファンとしてプロレスを見ていましたが、自分の好きなこと、やり残したことを考えたら「やっぱりプロレスだな」と強く思ったので、この世界に飛び込みました。

白川末奈さん「人の3倍努力する」

ーープロレスラーになるには相当な努力が必要だと思います。どのような努力をしたのか教えてください。

 

 プロレスデビューが決まるまで、本格的なスポーツをした経験がなかったんです。プロレスラーは体操、バレエ、柔道、格闘技などの柔道経験者が多いのですが、そういったバックボーンはまったくありません。練習生は、前転や倒立などのベーシックなマット運動からはじめるのですが、最初は前転も後転もきれいにできないし、倒立もできるようになるまでめちゃくちゃ時間がかかりました。

厳しい世界であることはわかっていましたが、「こんなに大変なんだ!」と実感しましたね。周りの人が1回でできても、私は何回も反復しないとできなかったので、同じ練習生よりも「3倍は練習する」と決めていました。

マット運動もそうですが、道場を使える時間が限られているので、アクロバティック教室に通ってひたすらマットだけ借りて練習していましたね。

これまでの経験上、私は決して天才肌ではないことはわかっていたので、人の3倍やってようやく普通のレベルなんです。これは自分の頭の中で、一番大事にしていたことです。

プロレスのことしか考えない生活

 それ以外は、ウェイトトレーニングですね。プロレスラーは、みんなで一斉にウェイトトレーニングする機会が意外とないんですよ。なので、道場以外のところで毎日、自主的にやりました。

グラビア時代はボディメイクする程度に軽い重量でトレーニングしていましたが、プロレスラーになってからは重さを扱うようトレーニング方法を変えました。きちんと戦える筋肉をつける努力をしましたね。

 

 あとは、プロレスの動画を見続けていました。プロレスがすごく盛り上がっていた昭和のころの試合もかなり見ましたね。なにか自分に活かせることやヒントが見つかるのではないかと思ったんです。とにかく、プロレスのことしか考えない生活をしていました。

獣神サンダーライガーさんが好きで、活躍されていた大会の映像をよく見ていました。すごく背が高いわけではないのですが、スピードもパワーも表現力もあるんです。私が理想とするプロレスラーです。 

白川未奈さんがプロレスラーになって感じたこと

なりたかったプロレスラーになって感じたこと

(写真提供:スターダム)

ーーなりたかったプロレスラーになってみて、ご自身が思い描いていた姿と比べてどうですか?

 

 自分が思っていたよりも厳しい世界だったな、と感じます。

デビューしてから、プロレスラーとしてまだ満足したことがないんですよ。悔しいと思うことが多いです。上にはまだまだたくさんの人たちがいますし。 

外から見たらキラキラして見えるかもしれませんが、いざそこに飛び込んでみると、死ぬ気で努力しないと良いパフォーマンスはできないし、意外と泥臭い世界ですね。

 

ーー昨年末に試合で鼻を骨折しましたよね。痛々しい写真が印象に残っています。

 

 そうなんです。しかも骨折した日が誕生日だったんですよ!(笑)。 

私、これまで骨折はおろか、捻挫もしたことがなかったので、本当にびっくりしました。試合欠場を告げられて、プロレスができないことがすごくショックで「そんなの無理!」って思いましたね。メンタルのコントロールが大変でした。

本当に、忘れられない誕生日になりました。

 

ーー「鼻は折れても心は折れない」とツイートされていましたね。

 

 

ケガをプラスにとらえる 

 プロレスラーをしている以上、ケガは仕方ないことだし、それを覚悟でやっていますから。鼻のケガなんて、突き指したくらいのものだと思わないとやっていけないです。

個人的には、ケガしたことをプラスにとらえているんです。というのは、プロレスができない期間があったことで、自分はこんなにプロレスが好きなんだと再確認できたので。

ただ、ケガした直後、会場から病院に行くまでの間は「うわぁ、やっちゃった」って思いましたけどね。欠場期間を告げられてプロレスができないとわかってから、すぐ気持ちを切り替えました。

欠場中にできるトレーニングは最大限やって、欠場期間が明けたらブランクを感じない動きができるようにしようと考えました。落ち込むよりも、復帰戦に向けてできることを全部やろうと。

 

 とはいえ、やはりつらかったですね。プロレスは年始に試合が多いんです。たくさんの方に見ていただける時期なので……そのときにケガしてしまったのはタイミングが悪かったですね。

あと、鼻の手術をして詰め物をしていたので、マスクをすると息ができないんです。見た目はそこまで重症に見えないのですが、死ぬかと思いました(笑)。

麻酔が切れてから痛みも出てきて「骨折ってこんなに痛いんだ!」と本当にびっくりしたんですよ。鼻呼吸ができないので、寝てる間は口呼吸になってしまって、そのせいで喉もカラカラになりました。鼻も喉も痛くて、つらかったです。

白川未奈さんがコロナ禍で活動したこと

ーー骨折の間もそうですが、コロナの影響で試合ができない時期もありました。その間、どのような活動をしていたのか教えてください。

 

 自粛期間中に、YouTubeに白川未奈チャンネルを開設しました。トレーニングや日常の動画などをアップしています。

 

www.youtube.com

 

 いつもプロレスの試合で自分が”生きている”と実感していたんですよ。それができなくなって、溜まったフラストレーションを自宅でのトレーニングにぶつけていました。いまも、50キロ程度のバーベルを自宅に用意しています。

そのときは、いつ試合が再開されるかわからなかったので、再開したときに身体がきちんと出来上がっている状態にして、お客さまにいい試合をすぐに見せられるようにしたいと考えていました。

ファンの方がどうされているのかも気になっていて、SNSもよくチェックしていましたね。ファンの方とコミュニケーションをとれる場はSNSしかないので。

世界にも発信を

ーーYouTubeには海外の方からのコメントもたくさんありますね。英語でも発信をされていますが、海外への発信を意識されているのでしょうか。

 

 はい。英語で発信をしているのは、多くの方に白川未奈とプロレスのことを知ってほしいからです。日本以外にも世界中にたくさんのファンの方がいるはずなんです。実際に、いろいろな場所から試合をしにきてほしいとメッセージをいただいています。 

以前、海外遠征したときに、現地の方に自分の経歴を説明したのですが、「グラビアアイドル」という言葉が通じないんですよ。私のグラビア映像を見せると、海外の方はびっくりします。グラビアは日本独自のものなんです。

私は”グラドルレスラー”として活動しているので、海外で試合ができるのなら、試合もやり、それとは別で水着の撮影会のイベントもやってみたいです。そうすれば、日本のグラビアアイドルと女子プロレスを同時に伝えることができるのではないかと思うんです。そういう野望もあります。

インターネットは自分を知ってもらえるツール

インターネットは自分を知ってもらえるツール

ーーSNSやYouTubeなど、インターネットのさまざまな媒体で発信をされていますが、継続のコツを教えてください。

 

 前提として、自分を知ってもらえるチャンスをひとつでも多く拾っていきたいと思っているんです。いまはいろいろなSNSがあって、広告費用をかけずに自分を知ってもらえる、こんなに素晴らしいツールはない、と思っています。

継続するコツは、それを楽しむことですね。Twitterでつぶやくとリプがきてファンの方と会話してるような感じで楽しいです。YouTubeで発信している「プロレス女子の日常」は、プロレスと関係ないことも含まれているのですが、自分の生活を知ってもらうためのドキュメンタリーのようなものを自分で作れるのが楽しいです。

なにか、自分なりの楽しさを見つけることが大事なのかな。たぶん、私も無理してやることはできないですね。楽しくなくなったらやめちゃいます。

 

ーー対戦相手の方とやりとりするのが見れたり、試合を楽しむための要素としてTwitterは面白いなと感じました。

 

 プロレスラーはリングから降りてもプロレスラーでなければならないと思っています。戦って勝った、負けた。それだけが戦うモチベーションではないんですよね。

私もアンチに叩かれてしまうことがありますが、そういう人たちを見返してやるぞ、というパワーになります。

日常生活で感じたことや試合へのモチベーションも発信できるので、Twitterはプロレスラーにとって本当にいいツールだと思います。

インターネットを通じて白川未奈を知ってもらう

ーー確かにTwitterとプロレスラーの相性はよさそうです。白川さんがインターネットを通じて実現できたことを教えてください。

 

 一瞬で多くの人に出会えることですね。このインタビューもそうですが、対面でなくても多くの人に出会える、というのが大きいと思います。

有名人の中には、みんなの憧れでリスペクトされていて遠い存在の方もいると思うのですが、私は自分の性格上、そういう感じにはなれないんです。

ファンの方に何でも知ってもらいたい。なんでもさらけ出したい。それで白川未奈ができているし、試合を見ていただいても、いろいろなことを知ってもらったほうが、お客さまは楽しめると思います。

そういう意味では、インターネットを通じて、私のことを知ってもらう機会が一気に増えてうれしいですね。

白川未奈さんの「やりたいこと」

白川未奈さんの「やりたいこと」

 

ーーさくマガのコンセプトが「やりたいことをできるに変える」なのですが、いまやりたいことはできていますか?

 

 やりたいことはできています! ただ”なりたい自分”には、まだなれてないですね。やりたいことを続けながら、なりたい自分に近づいていく楽しさを味わっている段階です。

 

ーー白川さんにとって”なりたい自分”とはなんでしょうか。

 

 私は、毎日ポジティブに”死”を意識しているんです。そうしないと人生一度きり、ということを忘れてしまいます。

自分が棺に入ったときに、葬儀に来た人たちが「白川って面白かったね」「イイやつだったね」とわいわい話しているような、そんな自分を夢見ているんです。

そこに近づくように、周りの人を幸せにできる人になろうと思ったら、まだまだです。自分が幸せじゃないと、周りの人も幸せにできないですよね。やりたいことをやることも大事ですが、やりたいことで結果を出すことはまだまだ難しい。

 

 シングルのチャンピオンのベルトもとりたいですし、海外でも白川未奈といったら誰でも知ってるプロレスラーになりたいです。

やりたいことで結果も出すことができれば、私自身がもっと幸せになれると思うのですが、周りを幸せにできるレベルまで、まだ自分自身が幸せにはなれていないですね。 

チャンスがきたときのために発信を続ける

ーーいま、やりたいことができているとのことですが、今後やりたいと思っていること、それをできるに変えるために努力していることを教えてください。

 

 ひとつは、日本中のファンの方に会うこと。それから、先ほどもお話したように海外へ日本の女子プロレスとグラビアアイドルの文化を伝えたいです。

コロナ禍以降、SNSでも英語で発信したり、YouTubeも字幕をつけたり英語で話したり、多くの方の目に触れるよう発信する努力は、意識してするようになりましたね。

いつかチャンスがきたときに白川未奈を見てもらえるように、将来に向けて英語での発信は続けています。

ーー「やりたいことが見つからない」という人も多いのですが、そうした人に向けてアドバイスをいただきたいです。

 

 自分の「好き」に敏感でいることが大事だと思います。

やりたいことを探そう! と意気込んでしまうと、逆に見つからない気がしますね。

「やりたいことがない」ことが、すでにその人のアイデンティだと思います。私がもしやりたいことがないなら、それを探しに行くために自転車で旅をするぞ! とか考えますね。

 

 生きている中で、自分が自然に心が引き寄せられるものや好きなものに敏感になって、それにまつわることをなにかやってみよう、という考え方に変えると、おのずと「やりたいこと」に繋がると思います。

自分の人生は自分でしか責任がとれない

ーー以前「telling」さんのインタビューでプロレスデビューをした際に「その年齢でやれるの?」と言われたと話していました。

年齢を理由にやりたいことを諦めてしまう人もいると思うのですが、そういった人の背中を押すメッセージをください。

 

自分の人生は自分でしか責任がとれない

(写真提供:スターダム)

 「人生一度きり」という言葉を頭に叩きこんだほうがいいです。自分の人生は自分でしか責任がとれません。怠惰な人生を送るのも、幸せな人生を送るのも、失敗するのも、成功するのも、すべて自分の行動や実力次第だと思います。

 「人生一度きり」「自分の人生は自分しか責任がとれない」

この2つを大事にすれば、おのずと自分のやりたいことを大切にしなければいけないと思えるのではないでしょうか。

 

 あとは、やりたいことをどんどん口に出すこと。口に出して言い続けていると、その手助けになるような情報が入ってくるようになります。

私も、プロレスをやろうと決めた日から「プロレスやりたいんですよね」といろいろな人に言っていました。そうしたら、新しい団体が旗揚げするらしいという話が舞い込んできたので、やはり口に出して言うことは大事だと思います。

白川末奈さんから働く社会人へのメッセージ

ーー働く社会人に向けて仕事をやる気になる前向きなメッセージをいただきたいです。

 

 私は、試合を見て「次の日の活力をもらいました」「感動しました」と言っていただけて、誰かの力になれていると実感するとすごくうれしいんです。その人が私の存在を感じてくれているということですし、生きている意味があるなと感じられます。

どのような仕事でも、あなたがやっていることで幸せになれている人が絶対にいるので、それを忘れないでほしいなと思います。

 

 

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執筆

武田 伸子

2014年に中途でさくらインターネットに入社。「さくらのユーザ通信」(メルマガ)やさくマガの編集を担当している。1児の母。おいしいごはんとお酒が好き。

編集

川崎 博則

1986年生まれ。2019年4月に中途でさくらインターネット株式会社に入社。さくマガ立ち上げメンバー。さくマガ編集長を務める。WEBマーケティングの仕事に10年以上たずさわっている。

※『さくマガ』に掲載の記事内容・情報は執筆時点のものです。

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