「うそはうそであると見抜ける人でないと(掲示板を使うのは)難しい」
2ちゃんねるの管理人(当時)・ひろゆき氏の言葉だ。それは真実であり、こうも言える。
「罠を罠であると見抜ける人でないと、インターネットを使うのは難しい」
とくにネット人口が一気に増えた2000年前後は、ネット世界をよちよち歩くビギナーをカモにした「罠」がたくさんあった。お金を奪おうとする者から、怖がらせてやろうという愉快犯まで、よからぬ輩どもが設置したトラップたちだ。
まるでスラム街の路地のようだった、当時のネット世界。思い出したくないようで懐かしみたくなる、「インターネットの罠」たちを振り返ろう。
キング・オブ・インターネットの罠「ブラクラ」
まず、「罠」のデパートといえば前述した2ちゃんねるである。投稿者はほぼ匿名で何でもありの巨大掲示板だから、危ないサイトへつながるリンクがどんどん張られた。
そんななかで、キング・オブ・インターネットの罠ともいうべきものがブラウザクラッシャー、略して「ブラクラ」だった。
もっともポピュラーだったのが、「目にも留まらぬ早さでウィンドウを延々と開いていく」タイプだ。
当時のPCはマシンパワーやシステムリソースが足りず、ウィンドウズメディアプレイヤーで音楽再生をしただけで、挙動が若干あやしくなる。何十個もウィンドウを開いてしまえばアッという間に操作不能まで追い込まれた。
そうなれば、PCを強制終了させるしかない。データを自動バックアップする機能が広まっていなかった当時は、それまでの作業が水の泡になり、地団駄を踏むばかりだった。
とくにおもしろみもない、リアルにイヤなだけの仕打ちであるが、イタズラ野郎どもは飽きずにこのリンクを掲示板に張り付けていた。
しばらくして「【Alt】+【F4】を連打して元のタブを消せば対処できる」と聞いたが、そんなことをする前に一気にフリーズまで追い込まれたことのほうが多かった。
このブラクラは、当時主流のInternet Explorerで2004年から実装された、ポップアップブロック機能によって回避できるようになった。
カンベンしてほしかったのが、「フロッピーディスクドライブやCDドライブへ無限にアクセスし続け、機器に負担をかけるブラクラ」だ。ややレアなブラクラだったが、とくにフロッピーディスクドライブはこれでホントに壊れることもあった。
なかにはもっと直接的に「ハードディスクを壊すブラクラ」もあり、当時のネットは人間不信になる罠がどんどこ隠れていたのだ。
びっくりさせられたのが精神的ブラクラだ。文字通りユーザーを精神的に追い込むブラクラで、いちばんよく見たのは、血まみれな女性のどアップとともに、絶叫が発せられるもの。毎度開くたびに「なんでこんなことするんだー」とこちらが叫びたくなった。
何の心の準備もせずに眼前へ飛び込んでくる衝撃的な画像と音声に、思わず衝動的にPCのコンセントを抜いた人も多いはず。しかも通常の操作ではウィンドウを消せず、ショートカットキーを押したり、タスクマネージャーを呼び出したりしなければ消せなかった。
さらに死体などのグロ画像が転がっているのは日常茶飯事だったので、2ちゃんねるの「勇気がなくて見られない画像解説スレ」なる、人づてに中身を教えてもらうスレッドが活躍した。
こんなリンクが横行したのも匿名性の強い掲示板ならでは。同じことをTwitterでやったら、アッという間にブロックやミュート、フォロー外しをされるだろう。ただし当時はこれが当たり前だったので、リンクを踏むのが怖くなった。
「固定ハンドル」はいじめられる?
SNS時代のいま、当たり前のようにみんな名前つきで投稿するが、大型掲示板時代は違う。たとえば2ちゃんねるに書き込む人のほとんどが「名無し」だった。
名前を入れて書き込む人は「固定ハンドル(コテハン)」と呼ばれ、なぜかそれだけで揶揄の対象になっていた。“自己顕示欲が高くてイタイヤツ”などとされ、常にしんどいイジリを受けていた。クラスのいじめられっ子状態である。
そのターゲットになりたくないから、多くの人は名無しで投稿していた。しかし、書き込みの特徴を見れば「またこの人が投稿してるな」となんとなくわかったから、名も無き常連たちとの交流をそれなりに楽しんでいた。
当時は「半年ROMれ」なる言葉もあったように、「郷に入っては郷に従え」という意識がとても強く、その場のローカルルールを守りながら、慎重に書き込んだ。そうまでしても、ときには罵詈雑言を浴びせられたが、それを覚悟して参加するのが2ちゃんねらーの心構えだった。
この2ちゃんねるなど既存の掲示板に対し、(当然のように)危険性を指摘したのが、アスキーの創業者・西和彦氏だ。
「2ちゃんねるみたいな失礼でむちゃくちゃなBBSが存在していいのか、瞬間湯沸し器みたいに頭にきた」
(引用:ASCII.jp)
と、名前からして対抗心バリバリの掲示板サイト「1ch.TV」を立ち上げる。善意の交流をめざしたが、利用者数と手軽さに勝る2ちゃんねるには歯が立たず、2010年に細々とその歴史を終えた。
ちなみに当時の掲示板は、不適切な書き込みを連投する「荒らし」行為が頻発しており、個人サイトの掲示板さえも荒らされるのは当たり前。繁華街にある店のシャッターに、輩どもが平気で落書きをする感覚だった。
「このサイトを荒らしてください」などと荒らしを依頼するサイトまであり、さながら修羅の様相で、それも「ネットは便所の落書き」なるイメージを形作った。そこには、光るような書き込みが埋もれていたとしても。
実害をともなう罠のデパート「アダルトサイト」
2ちゃんねるに負けないくらいの罠、というかもっと実害をともなうマイナスを被る恐怖地帯が「アダルトサイト」だった。
まずダイヤルアップ時代のエッチなページには、通話料の高額なダイヤルQ2や国際電話へ勝手に回線をつなげられる、とんでもないトラップがあった。筆者も勝手にダイヤルアップ接続がはじまって、あわてて止めた覚えがある。
被害にあった人も多く、エッチなサイトをのぞいていた筆者の知人も100万円ほど請求された。
彼が大学生だった当時は現在の奥さんと同棲していて、「就活に使いたい」と、社会人の奥さんにPC代を半額出してもらっていた。だが就活用PCでアダルトサイトを見ており、しかも電話回線を契約していた奥さん宛に100万円の請求が来て、烈火のごとく激怒された。
彼はこのあとセキュリティに気を使うようになり、その甲斐もあってか、某有名PC関連企業に就職する。ちなみにこのときは奥さんがNTTに申し立ての書類を提出して払わなくて済んだが、泣く泣く大金を支払った人が数多くいた。
ダイヤルQ2によるNTTの売上は、1999年度の33億円から2000年度は54億円に増えたが、増収分のほとんどが勝手に電話をかけられた被害である。NTTはパスワード制を導入し、以降はこの類のトラブルもおさまった。
しかしADSLが登場して、ブロードバンド時代になっても罠はある。アダルトサイトは海外サーバーを使ったあやしげなところばかりで、筆者はどうしても見たくて有料版に手を出したら、当たり前のようにクレジットカードを不正利用された。
さらに、ひとり自宅でお酒を飲んでいたある日。なんだか人恋しくなってしまい、勢いのままにあやしい出会い系サイトに登録してしまった。
そのときのメールアドレスが、だまされやすそうな人を囲い込む「カモリスト」に載ってしまったようで、その日から迷惑メールが止まらなくなった。
幸いにして、Yahoo!メールの迷惑メール振り分け機能が優秀なため、ほとんどは迷惑メールフォルダに入った。だが、たくさんの迷惑メールがフォルダになだれ込んだことで、間違って迷惑メールフォルダに流れた大切なメールを見落としそうになったことも。
だからセキュリティソフトをみんな買っていた
これらの「罠」に加えて、昔はもう少し危険が身近にあった。なにか挙動がおかしい……と思ったら、謎のプログラムがPCに入り込んでいたことは日常茶飯事だ。
コンピュータウイルスの類で、とくに恐れられたのがファイル共有ソフトのWinnyに出回ったAntinny.G、通称キンタマウイルスだ。感染すると、自分のファイルを勝手に、ユーザー名つきでWinnyネットワーク上に流されてしまう超危険なシロモノ。赤裸々な写真や会話内容から女性関係をバラされた人も多くいた。
当時のWindowsには標準で搭載しているセキュリティソフトはない。だからいまよりウイルス対策などに対する危機感が強かったし、みんなセキュリティソフトを別で買って使った。家電量販店のソフト売り場でも、いちばん目立つところにあった。
筆者もソフトを自分のPCに入れていたが、当時主流だったウイルスバスターやノートン アンチウイルスなどは高価で買えない。代わりに1,980円で買えるソースネクストのウイルスセキュリティや、中国・キングソフトのKINGSOFT Internet Securityなど、安いものを使っていた。
いまやマカフィー アンチウイルスなどは、「勝手にインストールされる邪魔ソフト」のような扱いだが、当時は廉価なウイルス対策ソフトとして筆者も一時期利用していたし、もっとお金がないときは、無料のアバストなどを使っていた。
ちなみに、Windows XPになってようやく簡易的なファイアウォールが登場し、2004年に登場したXPのSP2からはさらに強化された。
その後、Windows利用者に無償で提供される本格的なウイルス対策ソフト、Windows DefenderやMicrosoft Security Essentialsが登場して、いまやほかのソフトと互角以上の性能と評判になり、必ずしもソフトを別で用意しなくてもよくなった。
いまも形を変えた「罠」が存在するインターネット
当時と比べれば、一見クリーンになった現代のインターネット社会だが、いまも「罠」はたくさん存在する。
たとえばSNS住人はつねに炎上のタネを見つけているようで、なんだか気が休まらない。
「詐欺ショッピングサイト」はいまでも見かけるし、Amazonでは悪徳業者が粗悪品を売るケースも少なくない。フィッシング詐欺のやり方も巧妙になってきた。
匿名性から、個々のアカウントが認識できる状態となったいま。一定の秩序は保たれてきたものの、またひと味違ったネットの怖さを感じるようになった。
当時のインターネットの「罠」も、いまの罠も。そのウラにある、「人間の恐ろしさ」を教えてくれる。
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