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稼げなくなるのは仕方がない? 思い込みをふっとばされた話

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タイトル

友達と仕事について話していると、たまに、お金の話になる。

30代になると年収いくらほしいなんて話をする男友達を眺めながら、無邪気だなあ、と思ったりする。

今回のテーマは、ぶっちゃけ稼いでいるのか。お金の話である。

と、フリをかましたところで話は飛ぶ。最初に言っておきますが、今回はぽんぽん話が飛びます。

先日『わたし、定時で帰ります。ライジング』という小説を読み終わった。

新潮社から出ている朱野帰子さんの小説『わたし、定時で帰ります。ライジング』。吉高由里子さん主演のドラマ『わたし、定時で帰ります。』の原作小説シリーズ第三巻である。あのドラマ、上司役の向井理さんの格好良さが異常で、吉高由里子さんのビールを飲む姿が可愛くて……って、そういう話をしたいのではない。

この小説、すごく面白いのだ。定時で帰る主義の主人公が、会社の働き方改革や賃上げ交渉に挑む物語。

で、第三巻のテーマが、まさに、給料、であった。

残業を切り上げるのはいいけれど、残業代は奪われたくない。お給料はもっと欲しい。そんな部下たちに主人公は手を焼く。生活残業と呼ばれる「生活のためにしなくてもいい残業」をしてしまう会社員がキャラクターとして登場する。

しかし私が読んでいる最中、ぼうっと頭に浮かんでいたのは、残業代のことではなかった。

確定申告

自分の稼ぎを知って覚えた感情

今年の二月。

『大奥』という漫画の最終巻を読んで、「自分の稼ぎ」について、思いを馳せたときのことだった。

またしても時系列を遡る。『大奥』(よしながふみ著)の最終巻を読んでいたころ、ちょうど私は2020年分の確定申告の作業を終えていた。

確定申告という作業は、経費の計算やら医療控除の申請やらもあるが、そのひとつに、世にも残酷な「去年の自分の年収を把握する作業」が存在する。

ぶっちゃけ、年収、わかっていない。とくにわたくし副業ワーカー。会社の年収もよくわかってなければ、副業の年収なんて更にわからない。いつ本の収入が入って来たのか、いつ連載が始まったのか。思い出せない。毎月の収支はアプリで把握しているものの、年間となると、「はて、どれくらいの収益なのか……」とかたまってしまう。

とくに本の収入は、不安定なものだ。出版したときも、重版がかかったときも、実際にお金が振り込まれるのは数か月後。ぶっちゃけ、いつ入るのか考え始めると「遅いよ!」と悲しくなるので、私はあんまり考えないようにしている。ちゃんとお金が振り込まれていることだけ確認できたらいいからさ!

で、2020年の確定申告だ。いろいろ計算してみると、あれこれと重なり、予想よりは、入っていた額が多かった。これは先ほど言ったように2019年に出した本の収入が一気に2020年に重なったのが主な原因なのだが。そして私がつい心のハードルを下げようと、ものすごく金額を低く見積もっていたのが第二の原因なのだけど(だって予想より低かったら悲しいじゃん!)。

でも、自分が低く見積もっていた予想より高く稼いだことに――私が覚えた感情は、嬉しさよりも――怖さ、だった。

金額の高さが怖いのではない。そうじゃなくて、

「これ、もしかして私の人生で一番高い年収なのかな」

と、怖くなったのだ。

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もやっとした憂鬱と恐怖

――私が結婚して子どもを産んだら、きっとこんな年収、手にすることないんだろうな。

瞬間的にそう感じた。そして少しぼうっと、PC画面を見つめてしまった。

同世代でもっと稼いでいる人はたくさんいる。外資系の企業や商社に勤めている友達はもっと稼いでいるだろう。私だって、そりゃもらえるものなら、もっともらいたい。

でも、金額の問題じゃなかった。そうじゃなくて、「私がもしこの先、結婚して妊娠して、仕事をセーブして子育て優先したら、きっと今ほど稼げないんだろうな」という直感に、怖くなったのだ。

冷静に考えると、べつにこの先稼げなくなることが、嫌なわけではない。嫌だったら、それを回避すればいいだけだからだ。子どもを産まずに働いたらいい。結婚しなくても楽しそうに日々を過ごしている先輩はいくらでもいる。ずっと働き続けたら、きっとこの年収以上、稼げる。

でも私にとって、お給料や年収というものは、人生のプライオリティ上位には入ってこないと思っていた。だから「この先稼げなくなる」ことがショックに感じる自分を、意外に感じた。

べつに、稼ぎの金額が変わっても、いいじゃないか。そう思っていたから。

私の人生の優先順位は、①面白いものを面白く読みたい、②書きたいことをちゃんと書きたい、③楽しく生きたい、である。③のためにそりゃお金は大切だが、しかしどこまでも給料を上げたい欲求なんてない。

だから、もしそうなっても、仕方ないことなのだ。

何かを得るには何かを捨てなければいけない。人生の基本事項だ。何もかもは得られない。

……仕方のないことだ。

何度も言うが、稼げることが人間の最重要項目ではない、と私は思っている。家事や育児や介護は人間の行為のなかでもっとも大変で尊い仕事だ。稼げることがえらいなんて一ミリも思わない。ていうか、稼ぐことを人生の最重要項目に置いていたら、書評家なんてやっていない。

それでもなんだか打ち消せない、もやっとした憂鬱と恐怖が残った。

「だって、27歳が、経済人としてのピークって! なんじゃそりゃ! 私が今まで何年分の学費を出してもらったと!」

そう騒ぐ自分がたしかに心の中にいた。……でも、この先年収が下がる一方(かもしれない)ことを憂鬱に思う自分自体が、「稼げることが偉い」と思っている人間な証拠のようで、慌ててそんな自分を、取り消した。

だって、仕方ないことだし。多少憂鬱でも。女が働くって、そういうことだ。

本

自分自身を抑圧していた

そう思った、矢先の出来事だった。『大奥』を読んだのは。

よしながふみさんの『大奥』という漫画。あらすじはググってほしいが、ざっくりいうと江戸城の大奥を舞台にした男女逆転ストーリー。最後まで面白くて、読者としては感無量の最終巻だった。

しかし『大奥』最終巻。ほとんどあらすじとは全く関係ないところに、私は、ハッとしてしまったのだ。

それは『大奥』のラストシーンだった。疫病はすっかり世の中からなくなり、史実通り男性が上に立つようになった時代のこと。江戸城を追い出された天璋院篤姫(男)が、船上で、ある女の子に話しかける。

そこで彼はこう述べるのだ。

国を動かす人物になるのは あなた達自身でございます!
きっとなれますとも! この胤篤にはそれが見えます!

出典:よしながふみ『大奥』19巻

この台詞を読んだ瞬間、このあいだの憂鬱の蓋がぱかっと開いた。びっくりするほど、ぱかっと、開いた。

私は物語を読んでいるとそういう瞬間がしばしば訪れる。あるときの記憶が甦って、ああ、あれはこういうことだったのか、と納得する瞬間だ。

今回も、それだった。『大奥』のそのシーンを読んだとき、私は瞬間的に思った。

「女性が子を産んだら、稼げなくなるのはしょうがないよな」って思っていた自分は、それはそれで、自分を抑圧していたんだな。

ああ、そう思い込もうとしていたんだな。――瞬間的にそう思った。

『大奥』を読んで初めて気づいた。「女性だから稼げなくなるのは仕方ないんだと、自分で自分を丸め込もうとしてたんだ」ということに。

というか、『大奥』を読み終わったあとで冷静に考えてみると、自分の抑圧に気づいていなかった自分にまた驚いた。

女性だから出産したら稼ぎは少なくなるものだろう。

そう思い込むことが、当たり前になっているのって、なんか変じゃないか?

いや、もちろん自分が副業とか性格とかいろいろ背景はあるにせよ、なんでそんなふうに思い込んでいたんだろう。なんでその思い込みに、疑いを持たなかったんだろう。

いろんな思い込みを捨てて、前提を疑って、そんで結果を出すのが仕事なのに。よりによって、なんで仕事の結果となるお金の部分で、私は前提を疑わなかったんだろう。

しみじみ、そう思った。

女が学ぶ理由を「国を動かす人物になるため」だなんてスケールの大きなことを言う『大奥』の台詞は、私の思い込みをふっとばすのに十分な物語だった。

女性が子を産んだら稼ぎが少なくなるのは、全然、しょうがないことじゃないはずなのに。

といっても、実際問題、どうなるかなんてわからない。そもそも自分が結婚するのかどうかもわからない。

でも、たとえば「自分は女性だからきっと子どもを産んだら稼げなくなるだろう」と思っているのと、「自分は女性だからきっと子どもを産んだら稼げなくなるだろうと思っているが、そうなったとき、それが嫌なら嫌なりにいろいろ画策すべきだよな」と思っているのとでは。話は変わってくるだろう。

いろんな家庭の事情を慮ったうえで年収が下がる場合と。なにも考えずにそういうものだと思って年収が下がる場合では。結果は同じでも、話は全然ちがう。と私は思う。

でも稼ぎになると、途端に自分もしょうがないと思い込んでいたんだなあと感じた。たぶん自分にとって年収金額のプライオリティが高くないからこそ、しょうがないと思っていたのかもしれない。

私は『大奥』最終巻の余韻をかみしめながら、そんなことを考えていた。

「しょうがない」を疑う

冒頭の話に戻る。『わたし、定時で帰ります。ライジング』という小説は、主人公が「しょうがない」とされている会社の給料に対して、賃上げ交渉をおこなう物語だ。

それを読みながら、ぼんやりと考えた。――今はある程度「しょうがない」ことになっている、お母さんたちの働き方や稼ぎ方も、いつか変わるのだろうか。

いつか、なにかのタイミングで、女性の労働環境や再就職のありかたが、変わる日が来るんだろうか?

来てほしいな、と思う。自分だけじゃなくて、いろんな女性にとって、環境がもっと変わる日が来るといい。そうやって社会は変わってくんだと思う。

私の、副業という働き方も、独身で、元気で、会社では下っ端だからこそできていることだ。いつまで可能なのかわからない。それでも、できる限りはやってみたい。

無理だと思ったらやめる。そう決めて始めた。でも、無理だしょうがないと思い込んでいるだけなら、疑ってみたい。

働きながら、読みながら、そんなことを考えている。

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執筆

三宅 香帆

書評家・文筆家。1994年生まれ。 『人生を狂わす名著50』『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』『(読んだふりしたけど)ぶっちゃけよく分からん、あの名作小説を面白く読む方法』などの著作がある。

編集

武田 伸子

2014年に中途でさくらインターネットに入社。「さくらのユーザ通信」(メルマガ)やさくマガの編集を担当している。1児の母。おいしいごはんとお酒が好き。

※『さくマガ』に掲載の記事内容・情報は執筆時点のものです。

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