”引きこもること”の原動力
インターネットは「引きこもり行為」と相性がよいです。パソコンがあれば部屋からでなくていいし、スマホさえあればお布団の中からもでなくてよいですよね。
では、引きこもって、延々とネットしていたことはありますか?
私はあります。10年ぐらい前になりますが、毎日10時間ぐらいインターネットし続け、自分の殻に閉じこもっていました。
一般に、”引きこもり”は、怒りが原動力で起こります。
社会への怒り、周りへの怒り、親への怒り・・・そうした怒りの感情が、心と外側を隔ててしまうのですね。大昔から、「イリアス」(ホメロス)でも、英雄アキレウスは戦争の理不尽に大激怒してひきこもり体制にはいります。
私の場合は、ふがいない自分への怒りでした。
どうしてこんなにうまくいかないのだろう、どうして上手に生きられないのだろう、どうしてこんなに生きているのがつらいのだろう・・・。
そういう感情でコチコチになって、一人暮らしのアパートに引きこもって、ぼーっとパソコンを眺めていました。
1日10時間インターネットしてたころ
そこで、1日10時間ぐらいインターネットをしていたのです。インターネットで何をみていたか、それは、芸能人のゴシップ掲示板です。当時30歳前後で、働き出して10年がたち、ろくにバラエティ番組すら観られない生活をしていた私には楽しかったのです。朝に放送しているテレビの情報番組が面白すぎ、その流れでゴシップ掲示板に入り浸っていました。
きらびやかな芸能人が織りなす、成功の輝かしさや、失敗の人間くささ。
売れている芸能人が持っている、不思議な「運」や突出した「自己管理能力」。語りのうまさ。
そうした人間の営みや息吹に夢中になっていました。
掲示板中をうろうろし、「誰か次の書き込みしないかなあ」とばかりに、リロードを繰り返していました。
今となっては、とんでもなく恥ずかしい趣味です。しかし、それが思いもよらない展開を呼んだのでした。
さすがに飽きて、体作りに舵を切った
そんな生活が1年近く過ぎて、芸能界中の人に詳しくなってきました。
友達とも連絡を取らず、引きこもってインターネットで芸能人のゴシップをひたすら読んで痛すぎる人・・・それが私です。ではどうやってその状態から脱したのかというと、単に私がインターネットに投じる時間が長すぎて、新規の書き込みを待っていられなくなったのです。ようするに、飽きました。
そして、「また働きたいな」と思ったのです。といっても当時はリーマンショックの直後で不景気ですから、まずは体力をつけようと考え、毎日トレーニングに精を出すことにしました。掲示板でとある芸人さんのラジオ番組を全録している方に、録音した音源を譲ってもらい、プレイヤーにいれて毎日毎日ウォーキングをして、20キロ歩き続けました。
すると、なんだか体調もよくなってきたのです。
芸人さんのラジオを聞きながら歩いているので、笑いをこらえるのが大変でした。笑うので精神的にも弾けるような感覚で、体力作りをして、さすがに毎日20キロも歩き続けると体が丈夫になってきたのです。どんよりした気分も吹き飛んでいきました。
心と体が整って、さあ再出発!
と思っても、世の中はそう甘くありません。引きこもって掲示板をみて暮らしていた私に、そうそう仕事は見つからなかったのです。
ライターをスタートしたら、驚くほど評判が良かった
紆余曲折を経て、私はインターネットでウェブライターをスタートすることとなりました。私がライターを始めた頃は、まだまだインターネットも娯楽のための部分が強く、取りかかったのはエンタメの原稿書きです。
そう、今や悪名高い、テレビの切り取りなどを記事にする、ネットニュースのライターをスタートしたのが7年前の私でした。
しかし、私の原稿は、こういっては何ですが、めちゃくちゃ評判がよかったのです。だって、そもそも芸能人の掲示板を隅から隅まで読み、リロードしまくって毎日10時間も読んでいたぐらいですから、あらゆる小ネタに詳しいのです。
さらに、私はいわゆる「釣り」や「炎上」といったネットの負の部分もそこそこ理解しており、火がつかないよう上手にコントロールできました。掲示板はあらゆるトラブルが起きますから、何を書いたらダメで、何を書いたらウケるのかが肌感覚としてなんとなくわかったのです。
人には決して自慢できない、どうしようもない私のどうしようもない特技。
それが仕事として人様の役に立つ日が来るとは・・・
お客さんも原稿を読んでは「面白い!」といってくれ、読者の熱量もなんとなく伝わり、私がよく読んでいた掲示板に私の書いた原稿が(無断ではあるものの)掲載され、みんながワイワイと盛り上がる・・・それはそれで、結構楽しかったです。
気力と体力も、乗り切るのに必要
ただし、インターネットのエンタメライターというのは、原稿料はあまり高くありません。誰しも好きな芸能人はいるし、いってしまえばネットが好きなら誰でもできる仕事で、さらに付加価値がそれほど出せないからです。
そこで、生活していけるぐらいの原稿料を・・・と思うと、めちゃくちゃ働く必要があります。エンタメジャンルやウェブ業界に限らず、ライターというのは、そもそもあまり儲からないのです。
ただ、私は1日20キロ歩いていたぐらいなので、体力がありました。
毎日毎日、編集さんからやってくる「今日は〇〇さんの受賞について」「夕方までに〇〇さんについて」というテーマの原稿をパタパタと納品し、楽しくてたまりませんでした。
家に引きこもって掲示板をみていた生活から、掲示板で話題になる原稿をつくる生活へ。
ただ、そんな「家から出なくて良い」という一点に惹かれ、そうしたライフスタイルを求める人たちが参入してきて、あっという間にウェブライターはレッドオーシャン化しました。
それでも生きていかなくては!
競争が激しくなっても、生きていかなくてはなりません。「イリアス」ではアキレウスは親友パトロクスがヘクトルに討たれ、さらに怒りを加速させます。私は誰に討たれたわけでもないですが、引きこもりが加速しました。
ただ、気力はみなぎっており、同時に体力もあり、今度は仕事もありますから、毎日が楽しくなりました。また新しく好きな芸能人、お気に入りの芸人さんのラジオを見つけ、毎日笑ってストレスを吹き飛ばし、自分の心を上手にハンドリングしながら、忙しい日々を乗り切っています。
今や、多くの人がインターネット上で仕事するのが当たり前となりました。コロナ禍もあらゆるつながりのオンライン化を後押ししています。
そしてインターネットも変化しました。掲示板というと日本では匿名で嫌なことばかり書き込むろくでもない場所・・・というイメージがあるかもしれませんが、そもそも20年前は企業のホームページに掲示板がついていたなど、「”投稿”とは掲示板的なもの」だったのです。
自分を語ろう
何より、個人的に感じるのが、私が夢中になった「他の誰かのこと」を話すのではなく、みんな「自分のこと」を話すのに夢中になっている、という変化です。世界が混乱し、複雑化し、ミニマルなライフスタイルが流行る世の中では、自分の心を落ち着かせることにみんな一生懸命になります。
そこで流行るのが「自分語り」です。今やSNSのトレンドで「〇〇占い」や「〇〇診断」を見ない日はありません。つまり、みんな自分を知ることと語ることに夢中なのです。
自分語りは決して悪いことではないと思います。世の中が混沌としているなら、内側の世界に目を向けるのは当たり前だからです。世界が混乱すればするほど、ますます自分の心が大切になってきます。
私が掲示板に夢中になったのは、社会学・心理学的にはFOMOという現象です。Fear of Missing Outと呼ばれ、「(何か美味しい)情報を見逃すのではないか」という恐怖から、ネットに釘付けになるという心理状態でした。
その対極にあるのが、JOMO(Joy of Missing Out)です。ネットとは少しだけ距離を置いて、「別に失ってもいいじゃん」という姿勢でつきあうことです。
FOMOな状態でも、JOMOを心がけても良いとは思いますが、今や自分語りが流行る世界ですので、ぜひ語って聞かせてください。自分だけの物語と、自分だけの人生を。
ホームページで発信するのは少し勇気がいります。また、最初は読まれなくてがっかりするかもしれません。それでも、インターネットに自分の歴史を刻むことは、未来の自分を勇気づけることにつながります。
掲示板では、自分語りすると嫌がられます。でも、自分語りは悪いことじゃないですから、自分だけの空間を持って、そこで思う存分語りましょう!
≫ 【導入事例やサービス紹介も】さくらインターネット お役立ち資料ダウンロードページ
![](https://sakumaga.sakura.ad.jp/wp-content/uploads/2024/06/20210210104201.jpg)
執筆
藤田 幸子(ふじた さちこ)
実社会での紆余曲折を経て、インターネットの世界で働くようになった名もなきライター。
![](https://sakumaga.sakura.ad.jp/wp-content/uploads/2024/06/20220523120235.jpg)
※『さくマガ』に掲載の記事内容・情報は執筆時点のものです。
- SHARE