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はじめて買ったパソコンは「なにがわからないかさえわからなかった」

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インターネットとの出会い

若い編集さんと話すと、皆さん小学生のときからインターネットに触れていて「世代が違うなぁ」と思う。私はと言えば、ネットを始めたのは高校生のとき。アラフォーの中でも早くはないほうだ。

そもそも、私が小学生の頃はパソコンが一般家庭に普及していなかった。当然、両親ともに「遅れてる」タイプの我が家にあるわけがない。私が初めてパソコンを目にしたのは小4のときだ。友達の家に大きなデスクトップパソコンがあり、友達のパパが塗り絵をさせてくれた。友達の家では、子どもが勝手にパソコンを使うのは禁止で、親の監視下でお絵かきや塗り絵をするのはOKだった。

その後Windows95が発売され、家庭用のパソコンとインターネットが爆発的に普及した……らしい。らしいと言うのは、地方在住の小学生には実感がなかったから。相変わらずクラスにはネットをしている子がいない。私たちにとってインターネットは、「なんか聞いたことのあるすごいもの」だった。

私たちにとってインターネットは、「なんか聞いたことのあるすごいもの」だった

そんなとき、インターネットを題材にしたスペシャルドラマが放送された。

堂本剛がチャットで知り合った少女に恋をするが、彼女の正体はおばあさん(森光子)で、子ども心に「なんてこと……!」と思った。※今調べたら、作中で登場人物たちがやっているのはパソコン通信だった。私はずっとインターネットだと思い込んでいた。

そのインパクトが強すぎて、長らく「インターネット」と聞くたびに森光子が脳裏に浮かんだ。同じ人、いないだろうか?

バイト代を貯めてパソコンを購入!

2000年代になると周りにもネットが普及しはじめ、高校生の私もパソコンが欲しくなった。パソコンを使ってやりたいことがあるわけではなく、漠然と憧れていたのだ。

私はミーハーで、スノーボードやギターなど、いろんなものに手を出してはすぐに投げ出してしまう。けれど、それは道具を借りていたからだ。自分のお金で道具を買えば続けられるはず。そう思い、バイト代を貯めてパソコンを買うことにした。

新聞の折り込みチラシでリサーチすると、パソコンは安くても10万円以上する(当時)。北海道の最低賃金でバイトしている身にはかなり高額だ。

それでも、通信制高校だからバイトはたくさんできたし、数ヶ月で軍資金を貯めることができた。

いざ、念願のパソコンを買うぞ!

いざ、念願のパソコンを買うぞ!

私は家電量販店ではなく、ダイエーの家電売り場へ赴いた。折り込みチラシで目ぼしい商品を見つけたのだ。灰色のバカでかいデスクトップパソコンで、たしか9万円くらい。古いため安くなっていた。

9万円と言えど、高校生にとってはそれまでの人生でもっとも高額な買い物だ。パソコンを自力で購入するなんて、まるで大人みたいで誇らしい。

これから始まるインターネットライフに思いを馳せ、期待で胸を躍らせた。

「ったく、あんた一体なにがわかんないのさ」

ワクワクしながら、買ったばかりのパソコンを自室の机に設置する。

しかし、さっそく困ってしまった。携帯電話のように電源を入れたらすぐ使えると思っていたのに、なにやら設定が必要らしい。説明書を見てもちんぷんかんぷんだ。

そうだ、カスタマーサポートに電話しよう。保証書に記載されている番号に電話をかけると、年配の男性が出た

「はい、もしもし?」

「あの、ダイエーでパソコンを購入したんですが、設定がわからなくて……」

「ふーん。型番は?」

あきらかにコールセンターではない。この電話はどこに繋がってしまったのだろう?

私が戸惑っていると、男性はタメ口の北海道弁で矢継ぎ早に質問してきた。しかし、聞いたこともないカタカナ言葉ばかりでなにもわからない。

「わかりません」と答えるたび、その人はわざとらしいため息をつく。苛立ちが膨れ上がっていくのが電話越しに伝わってきた。怖いし、自分がものすごいアホの子みたいで恥ずかしい。心臓がバクバクして、手が震えた。

「ったく、あんた一体なにがわかんないのさ。なに聞きたくて電話してきたの?」

そんなこと言われたって、なにがわからないのか私にもわからない。

答えあぐねていると、相手は電話の向こうで声を張り上げた。

「おーい、誰か電話代わってくれやー。なんもわからんねーちゃんで話にならん」

その瞬間、頭が真っ白になった。気づけば私は

「わかんないから電話してんだろーが、このクソジジイ!!!」

と大声で怒鳴り、電話を切っていた。

……なんてことだろう。

ワイドショーでは「キレる若者」と取り沙汰される世代だが、キレるなんて自分とは無縁だと思っていた。なのに、こんなふうに人に怒鳴ってしまうなんて。雑な対応をされたこと以上に、自分がキレてしまったことがショックだった。

私の大声に、階下にいた母が「なにごと?」と部屋にやってくる。事情を話すと、案の定こってり怒られた。

案の定こってり怒られた

念願のインターネットを始めたものの……

その後、私はネット回線を手に入れ、ようやく憧れのインターネット生活が始まった。

しかし、やってみるとあまり楽しくない。楽しみ方がわからないのだ。今と違ってSNSも動画コンテンツもなく、どのサイトを見たらいいのかわからないし、なにを閲覧してもそこまでハマれない。

ドラマの堂本剛のように知らない人と交流してみたかったが、その方法もわからない。たぶん、掲示板とかチャットとかいろいろあったとは思うが、検索技術がなさすぎて情報にたどり着けなかった。

唯一、伝説のテキストサイト『侍魂』は読んでいた。当時好きだった男の子が「面白い」と言っていたからだ。しかし、その恋が終わるととたんに興味を失った。

だんだんと、調べもの以外でネットをしなくなった。あれだけ大騒ぎしてネットを導入したのにすぐに飽きるなんて、スノボやギターの二の舞じゃないか。自分でも呆れる。

ただ、wordで文章を書くことは続けていたから、かろうじて9万円の元は取れたと思う。

進学のため実家を離れた

その2年後、私は進学のため実家を離れた。

デスクトップパソコンは実家に置いていき、新たな相棒としてノートパソコンを購入。時代や環境の変化もあり、新しいノートパソコンではネットを存分に楽しんだ。

はじめて買ったあのパソコンを、いつどのように処分したかは覚えていない。

残念ながら、私にとって愛着のある品ではなかった。あのパソコンのことを思い出すと、知らない人に怒鳴ってしまった苦い記憶がよみがえるから。

なにもわからない人に説明するのは大変

先日思いがけず、あのときの電話を思い出した。

とある日曜のこと。母から電話が来て、実家のパソコンがおかしくなったと言う。私が買ったあのパソコンではなく、数年前に父が買ったものだ。

「おかしくなったって、具体的にはどんなふうに?」

「なんか変な文字が出て消えないの」

機械音痴の母の話はまったく要領を得ず、状況を把握できない。パソコンの画面をビデオ通話で見せてもらうと、インターネットエクスプローラーを最新バージョンに更新せよとのポップアップ通知が出ていた。

「お母さん、インターネットエクスプローラー使ってるの?」

「なあに、それ」

「えーと、ブラウザはなにを使ってるの?」

「ブラウザってなによ」

あぁ、なにもわからない人に説明するのって大変だな。あのとき電話の向こうで苛立っていた男性の気持ちが、少しわかった。

しかし、私はなにもわからない側の気持ちも知っている。わからない人に苛立ったところで、誰も幸せにならない。

私は努めて穏やかに指示を出した。時間はかかったが、母は無事にインターネットエクスプローラーを最新バージョンに更新し、「直った!」と喜んでいた。壊れていたわけじゃないんだけどね……。

キレる若者だった私もずいぶん丸くなったものだ。今ならクソジジイなんて言いません。本当にごめんなさい。

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執筆

吉玉サキ

エッセイも取材記事も書くライター。 北アルプスの山小屋で10年間働いていた。著書に『山小屋ガールの癒されない日々(平凡社)』『方向音痴って、なおるんですか?(交通新聞社)』がある。

編集

川崎 博則

1986年生まれ。2019年4月に中途でさくらインターネット株式会社に入社。さくマガ立ち上げメンバー。さくマガ編集長を務める。WEBマーケティングの仕事に10年以上たずさわっている。

※『さくマガ』に掲載の記事内容・情報は執筆時点のものです。

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