元サッカー日本代表の守護神 楢崎正剛が語る現役引退後の生活とは?

日本代表のGKとして長年活躍した楢崎正剛氏が引退したのは2019年。その後は名古屋グランパスの「クラブスペシャルフェロー」、アカデミーダイレクター補佐、アカデミーGKコーチとして活動している。(楢崎氏の崎は、正確には「大」の部分が「立」)

 

選手の引退後の活動はどういうものなのか、私生活は変わったのか、そして現在の夢とインターネットではどういうことをやっているのか。現役時代とは違う穏やかな表情を浮かべながらオンラインで語ってくれた。

 

元サッカー日本代表の守護神 楢崎正剛が語る現役引退後の生活とは?

楢崎正剛が語る現役引退後の活動

2019年に引退した後、パブリックの部分で言えば名古屋グランパスの「クラブスペシャルフェロー」という役職をいただいて、最初の1年はGKの普及や指導、自分の経験を伝えるなどの活動をやってました。そのころはやっぱり引退して間もないということで、メディアの仕事も多かったですし、日本サッカー協会の活動もやらせていただきました。

クラブのアカデミーでも指導しましたし、日本中いろんな場所にも行きました。グランパスでいうとスクールが愛知県内の各地ににありますから、そういうスクールを廻ったり、アカデミーの練習試合に帯同したりしました。

 

他にも依頼を受けて日本全国各地のサッカー教室に参加したりという、そういう活動も結構多かったですね。教室ではフィールドプレーヤーであってもGKを体験してもらうとか、参加者にグローブを渡してGKの練習メニューをやってもらったりということもやってました。

GKのトレーニングとしては初歩的なメニューだと思うんですけど、意外に知らない方もいます。でもサッカーを経験している子たちがメインだったので動き方もよく知ってたりしてて、スムーズにやれたかなとは思います。

細かく指導していけば本当にいろいろできると思いますし、イチから始めるのであれば本当に細かい作業からやらなきゃいけないんですけど、でも僕はいろいろ技術的な指導をするよりも、「GKも楽しいよ」って、そういう部分を伝えたいという思いでやっていました。 

日本におけるGKというポジション

日本ではGKっていうポジションは、自分から進んでゴール前に立つより、人から言われて始めることが多いのではないかと思います。

今でこそGKをやりたいという子は増えたと思うのですが、まだそんなに多くないというのも感じています。僕は小学校4年生でサッカーを始めたのですが、すぐ当時の監督に「GKをやってみないか」と言われてGKになったのがスタートでした。

 

僕は学校の休み時間によくドッジボールをやっていて、取ったり投げたりすることが得意だったので、すんなりGKをやれたという感じです。ただ、GKって痛いとか怖いとか、点を取られるっていうか、何か少しネガティブな方向のイメージが先行しがちだと感じます。

 

でもそうではなくて、FWがゴールを決めるのと同じか、もしくはそれ以上の大事なプレーができる、とても素晴らしいポジションなんです。

そういうのを、ボールを手で掴んだりシュートを止めたりとかする中で知ってほしい、「楽しみ」があることを知らせたいという思いでやっていました。

楢崎正剛「自分の経験を次世代に繋げたい」

自分の経験を次世代に繋げたい

(撮影:TOMOYA SAITO)

 

僕はプロとしてプレーしてからは「楽しい」ってこと以上にしんどいこともいっぱい経験しました。でも、そういう経験もサッカーの一部だとは思います。ただ昔で言えばフィリップ・トルシエ監督や、最近で言えばヴァイッド・ハリルホジッチ監督が、日本のGKはもっとやらなきゃいけないという主旨の発言をしてたのは、GKだった自分にはやっぱりちょっと悔しかったというか。

日本のGKには早く世界と同じレベルに達してほしいと思うし、まだ足りない部分があるのは事実だと認識していますが、そのためには指導を含めて「GKをやりたい」と思える環境作りが大事だと思います。

 

現役のときや今でもヨーロッパの選手に話を聞くと、GKが花形で、みんなやりたがるという環境だと言っていて、そこはやっぱり日本とちょっと違うなと感じます。

これまで志を持ってGKの育成をやり続けてきた方々もいますから、そういう方たちと一緒になってやることも大事だと思っています。それに自分だけが経験しているものも生かしながら、次世代に繋げていきたいという気持ちです。

ただ、1年目はクラブをアピールするアンバサダー的な役割もこなし、今もそのような活動をしたいのですが、コロナ禍ということで人が集まるようなイベントを開催するようなことが出来ず、それがとても残念でした。

 

先日、川島永嗣がインタビューで僕のことを「超えられる気が全くしなかった」って言ってくれてたようですが、それって2004年から2006年までグランパスで一緒にやってた当時は、ってことでしょう(笑)。永嗣はずっと立派に戦って、日本代表のキャリアも輝かしいし。

そういう選手が僕と一緒に練習したり、僕のことを見たりして、そう感じてもらえたというのはすごくうれしいですね。永嗣は野心があって、とってもギラギラしてて、若さ溢れるいい部分は残しつつ頭が良くって賢くて。すごくバランスが取れて大人な感じでしたね。一緒にやってポジションを争ううえで、本当に一番脅威を感じた選手でした。

いい指導者が増えて、指導が洗練されてきている

Jリーグには韓国人を含めて外国籍のGKが増えましたけど、彼らはやっぱりサイズもあって、身体能力もあってダイナミックなGKが多いんです。試合で大きなプレーを見せるっていう強さはすごく外国籍のGKにはあると思います。

でも最近の日本は、僕らの時代よりもいい指導者も増えて、指導が洗練されていて、若いGKでも技術的に高い選手が多いというのを感じます。Jリーグを見ててもそう感じます。今、グランパスのユースを指導していますがグランパスだけじゃなくて他のチームのユースの選手を見ても、僕たちの時代とはいろいろ違ってきたのは感じます。

そういう時代なので、GKとして活躍するためには技術的やフィジカル的に優れてないとなかなか難しいでしょうし、そういう条件に合う選手を見つけて、よりトレーニングしていかなければいけないだろうと思います。

 

世界に出て活躍する選手は増えたと思います。僕が育てようと思うのは、やっぱり大きな舞台で活躍して、みんなが憧れるGKですね。その選手の全てを育てるのではなくても、自分が少しでも、どんな形でもいいからその助けになれればと思います。

そのために自分の感覚を伝えようとは思いますが、それがとても難しく、そういう作業のやり方を学ばなきゃいけないと思っています。幸い指導経験豊富な方が近くにたくさんいて、その方たちから多くを学んでいこうと思ってます。

 

逆にそういう方たちでも僕のことに興味を示してくれるというか、いろんなコミュニティにも入れてもらえたりもするので、環境には非常に恵まれてるんですよ。

みんなから学ぶことがあったりとか、逆に自分が皆さんの参考になることを発信できたりとか。教えること、指導することに対しての学ぶ場がありながら、自分も指導できてるっていうのは、非常に幸せだと思っています。

コーチングは伝え続けることが大事

コーチングは伝え続けることが大事

(撮影:Hiroyuki SATO)

 

選手には自分が持ってる経験も伝えますが、これだけ伝えればいいという切り出しは難しいですね。GKは技術もそうだし、メンタルも大事だと思いますから。リーグのレベルが高くなったりステージが上がっていくと、責任やプレッシャーも大きくなってきます。

特にGKはゴールをすぐ後ろにしているポジションで、周りのミスもカバーしなきゃいけないけど、かといって自分はカバーしてくれる人がいない状況でもあるので、とてもハードでシビアな状況は多くあると思います。

 

でもシュートを止めるという部分に関しては昔も今も変わらないですし、その喜びを常に感じるというのが大切じゃないかと。もちろん現代ではGKにも攻撃につなげるプレーがすごく求められるし、それもできなきゃいけないのは事実です。

しかし、ゴールを守る、シュートを止めるという部分は大事で、その「喜び」を常に感じてプレーしてほしいというのは思います。

 

苦しい状況になっても自分が主導してしっかり守って、受け身だけじゃなくて自分から喜びを表せるプレーを出していくようにするんです。自分が中心になって守るためには味方に状況を伝えなきゃいけない。

そのときに気をつけていた一番大事なポイントは、自分が取るか味方にやらせるか、どっちなんだというのをはっきりすることでした。
あと、ゲームの状況はGKが一番見えてるので、どこが一番危ないいうのを事前に伝えて動かせるかどうかというのは大事です。でも、コーチングは別に何を言っててもいいんですよ。伝え続ける。伝えるものの質が上がればいいですね。

僕はGKに対してはずっと喋り続けてたら集中力に繋がるだろうし、その言葉によって味方がポジショニングの修正なんかに気付くこともあるかもしれないし。だからしゃべり続けておくのは大事だと思います。
そうすると、GKは自分のプレーが結果にしっかり繋がるということを感じられますし、それが分かることがとても大きな喜びに繋がるはずなので、その「楽しさ」を忘れないでほしいと思います。 

楢崎正剛がリーダーシップを感じた選手と監督

GK以外でリーダーシップを取っていた選手は、やっぱり田中マルクス闘莉王ですね。キャプテンタイプだったかどうかと言われるとわからないですけど、でもピッチ内でも外でも間違いなくリーダーでしたよね。

すごく頭がいいし、気付くし、言うことは言うし、でもいろんなことに気を遣えるし。言うことがはっきりしてるので、すごくわかりやすかったですね。カッとなる部分はありますけど、それも含めて人を引っ張る力は非常にあったと思います。

 

監督で言えば岡田武史さん、ピクシー(ドラガン・ストイコビッチ)だと思います。監督って選手が付いていきたくなる人であるべきだと思うので、そういう監督だったと思いますね。

今後についてですか? 日本代表のコーチは……どうですかね。もちろんそういうことも経験したいとは思いますね。GKを教えることに関しては、そこに絶対こだわりたいとは思ってないです。将来的に監督はというと……。ないでしょう。はい(笑)。

現役引退後の生活について

現役を引退してプライベートの部分は……変わったと言われれば変わったけど、かなり変わったかと言われるとそんなに変わってないような。食べ物や飲み物とか、現役のときほど気を遣うってことは確かにないですが、それぐらいじゃないですか。

自分は現役中に何か節制してたかというとそうでもないし、至って自然に過ごしてたので。食事も何かの食べ物に偏ることもなくて、満遍なくいろんなものを食べてましたから、あんまり変わらないというか。

 

もちろん最低限気は遣ってたし、何を食べるのが大事かというのは考えながらはやってましたけど、でも別に体に悪いからって何かの食べ物を完全に排除して生きてきたわけではないです。あ、そうだ、お酒を飲む回数はちょっと増えたかもしれないですね。毎日帰ってキュッと飲むぐらいはいいやと思って。

飲むにしても今は外に行けないから、家で缶ビール1本飲むとか、それぐらいですね。しかも大きいヤツじゃなくて350ミリリットル缶です。家で1人で飲んでもそんなに美味しくないですからね。一口、クッといけばそれでオッケーって感じです。

 

現役のときは、試合が終わったあとの休みの前ぐらいだったら飲んだりしてました。もちろん我慢するところは我慢してたんですけど、試合で勝ったとかそういうときは普通に飲みに行ってましたよ。何か制限するっていうのはあんまり好きではなかったので。

でも結局、今もユースの指導者として現場にいる立場なので、体調はちゃんと管理しなきゃいけないし、寝る時間や起きる時間もそんなに乱れていないです。

むしろ現役のときって練習時間以外は自分のケアに努めるというか、あまり何かに縛られる時間はなかったんですよ。自分で時間をマネジメントしてました。でも今は、いろいろと仕事をしてる時間が現役のときより長いかもしれないですね。

楢崎正剛が現役時代に思っていた「やりたいこと」

現役時代は「引退したらゴルフにもっと行けるんじゃないか」って思ったんですけど、全然行けないですね。そんな時間がないっていうことに気づいてます。忙しくは感じないんですけどね。だけど時間的には仕事をしている時間が確かに長いし。

家族とどこかに行こうということになっても、子供は大きいのもいれば小さいのもいるので、みんな予定がバラバラで合わないんですよ。だから、どこも行かないということになっちゃうんです。

 

街を歩いてるときは、もう僕を知ってる人は少なくなってるはずだから、誰も気付かないだろうと思って普通に行動してます。若い方ほど、そんなに警戒しなくていいかなって。ある程度の年齢の方のほうが知ってくれてるかもしれないっていうのはありますからね。だけど気付いてくれる人がいるのはありがたいって、それはすごく感じます。今、声をかけてくれる方は、本当によく見てくれてたんだろうって思いますから。どんどん時代が変わって新しい選手が出てきて、それはもうしょうがない。忘れられていくものだとは思いますけど、でも、今でも覚えててくれるっていうのは、うれしいですよね。

 

今後はもしかしたら僕が指導などで関わった選手から遡って僕のことを知るという方が出てくるんですかね。そうなったらとてもうれしいですね。早くそういう形になりたいですね。

楢崎正剛とインターネット

インターネットはこの前までInstagramぐらいでしたね。僕はどちらかというとアナログ人間で、必死でそういうのに付いていこうとしてるだけです。あとは僕のオンライン講座も2年前からやってて、講座を購入した人がサロンにも参加できるというのをやってます。

楢崎正剛の「やりたいこと」

自分が今「やりたいこと」を考えると……ゴルフもしたいし、旅行もしたいし、もうちょっと家族で過ごす時間が欲しいなと思いますけど。でも自分がすべて携わった、指導した選手が目に見える形で、たとえばJリーグでプレーするようになったとか、国際大会に出たり海外で出ていったとか、そうやって活躍してくれたらうれしいと思います。

そのために力になりたいって、ずっと思ってます。それが「やりたいこと」かな。それ以外に何か、というのはあんまりないですね。