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「バイクで世界一になる」夢を叶えるまでの3社協同プロジェクト

「バイクで世界一になる」夢を叶えるまでの3社協同プロジェクト

2020年12月、SAKURA×DeepFlow×MUGEN特設サイトがオープン。(※現在は公開終了しています)

これは、さくらインターネットとDeepFlow株式会社、株式会社M-TECの3社による協働プロジェクトをアニメーションで表現したWebサイトです。

 

DeepFlow株式会社(以下、DeepFlow)は超大規模流体構造連成解析システム「Elkurage」を開発・提供している会社で、各種計算や解析の支援もおこなっています。

株式会社M-TEC(以下、M-TEC)はHonda 4輪車のスポーツ走行用エンジンをはじめとするモータースポーツ用の設計・開発をおこなう会社で、バイクブランド「無限」や電動バイク「神電」といえばご存知の方も多いかもしれません。神電は公道を使った伝統のレース「マン島TTレース」の「TTZeroクラス」(二酸化炭素を一切排出しない“ゼロエミッション”のカテゴリー)で2012年から参戦し、2014年から2019年まで6連覇を果たしたことでも有名です。

 

一見、インターネットインフラを提供するさくらインターネットには接点がなさそうですが、M-TECは世界最速を目指して4輪車や2輪車の開発をおこなっており、そのボディの設計にDeepFlowがおこなう空気抵抗などの解析を反映させています。そのDeepFlowの解析システムを動かしているのが、さくらインターネットの専用サーバ高火力シリーズです。

これら3社の取り組みを深堀りしたところ、熱くてカッコいい話がたくさん飛び出しました。ぜひともいろんな方に知っていただきたいと作ったのが先の特設サイトですが、そこで公開している過剰表現たっぷりのアニメーションにも出てくるように、世界最速を阻む壁となる「風」についての課題は尽きません。

この風をどう掴み、味方にするのか。特設サイトには載せきれなかった、プロジェクトの中心人物であるDeepFlow深川氏、M-TEC桜井氏、さくらインターネット須藤、3者の対談をまとめました。

 

(左:DeepFlow 深川氏、中央:さくらインターネット 須藤、右:M-TEC 桜井氏)

(左:DeepFlow 深川氏、中央:さくらインターネット 須藤、右:M-TEC 桜井氏 桜井さんはシャイなので別のエンジニアさんが写真に協力くださいました

シミュレーションという選択

深川:3社みんな違う分野なんだけれども、“IT”というキーワードで話ができたのがよかったですよね。

M-TECさんは車の会社だけど、桜井さんはそういうのが得意で、須藤さんはさくらインターネットの人だから、もちろんそういうのはバリバリ。僕も専門は物理学ですが、コンピュータに興味があったのでITの話ができました。

 

須藤:最初に深川さんからM-TECさんのお話をいただいたのは、2019年8月。次回のレースに向けてより神電をより速くするための解析をDeepFlowさんがやっている中で、多くの計算資源が必要になるからこの話に乗ってくれないかという依頼がありました。

 

桜井:レースに出ている以上は勝ち続けなければならないのですが、短い開発インターバルの中で物を作ることが難しくなってきている状況でした。たとえば、今まで我々は「こういう設計をすればより良くなるんじゃないか」と、勘や経験に基づく設計をしていました。

でも新しく車体を作っても、テスト走行する機会は限られていて……。そんなとき深川さんと出会って、数理計算や物理方程式に基づいた解析ができるということが分かりまして、一緒にタッグを組めたらおもしろいよねっていう話になったんです。

 

深川:お金があれば何回もレース場で車を走らせていろいろデータを取れるのですが、不公平にならないようレギュレーションがあって走行回数が制限されているんですよね?

 

桜井:そうです。

 

深川:そして、レースの場合、普通の車だったら意識しないような風や空気抵抗を考慮しないといけない。

 

桜井:カーブでバイクを倒すときの側面の空気抵抗によっては、倒しづらいとか起こしづらいとかが出てきます。神電の昔の開発で、良かれと思って作った新しいパーツが、逆に車体を倒しづらくなる原因になって外したことがあるんですけど、それもシミュレーションで事前に分かれば作らなくてよかった(笑)。

 

深川:100%完璧はないかもしれないけど、アタリをつけられることだけでもだいぶ助かる気がしています。

 

桜井:そうなんです、方向性を決められるから。

 

深川:あるイタリアの会社は、レース場で走れない代わりにシミュレーションにものすごくお金をかけています。自分たちでスーパーコンピュータを所有してボディの空力解析をやったり、気流を再現する風洞装置を使って実験をやったり。

 

桜井:シミュレーションしなければいけないパターンもとんでもなく多いです。

 

深川:風を受けるものの大きさによって感じる強さが違いますからね。自分がアリンコだったら、うちわの風もヤバイじゃないですか。基本的にちっちゃなものって風を強く感じるのもあるし、粘り気を感じるんですよね。

 

桜井:粘度ありますよね。

 

深川:水の中の生き物でも、マグロにしてみたら水はサラサラしているけど、ミジンコにしてみたら飴みたいに感じる。その効果がすごくデカいんですよ。

しかも、天気によっても空気の重さって変わるんです。雨の日と乾いた日で空気の重さが全然違うから、それも考慮したシミュレーションが必要になります。

 

3社の役割

最大のテーマは「風」

深川:設計メーカーがこういう状況だとこういう値が出るよってデータをいろいろ出していますが、「風」だけはまだ世界中で誰も突き詰められていないんです。他のデータは正確にきっちりリファレンスで出てくるけど、風に関してはかなりがんばっても誤差がおそらく10%くらいはある。

たとえば、風洞実験をしようにも、車1台が入るくらいの小さな風洞だと、きれいな風を前から流したときのデータしか得られません。ところがレースってカーブがあったり横から風が吹いてきたり、前に車が走っていれば後ろにぐるぐる風が巻いていたりします。そうすると何が起きるかって実は正確には分からなくて……。

 

桜井:後方乱気流がどうしてもね。

 

深川:だからといって風洞を大きくするにも限界がありますしね。でも後方乱気流が分からないと車のセッティングを間違えるんです。F1カーの“ウイング”がなんのためにあるかって車を押さえつけるためなんですけど、その設定を間違えると車が浮いちゃいます。

 

桜井:飛行機と逆のセッティングなんです。飛行機って飛ばすためにウイングの向きを作るんですけど、車の場合は飛んじゃマズいので、いかに空気の力で地面に押さえつけるかなんですよね。

コーナー中により多くの力で押さえつけることができたら、より速いスピードでコーナーを曲がることができる。ただ逆に、押さえつける力が強すぎるから今度はストレートの速度が出ないという課題になります。

 

須藤: YouTubeとかで検索すると、ル・マンでのメルセデスの有名なクラッシュシーン動画が出てきますが、1トンを超える車体が風に舞う紙のような感じでフワッと浮いてクルクルっと回っちゃうんですよね。

 

桜井:こわいですよ、レースには人の命がかかっていますから。勝つのは当たり前なんですが、無事にライダーが戻ってきてくれることがまず大事です。

 

深川:神電が連覇以上に誇れるのは、死者が出ていないってことですよね。

 

桜井:そうですね、一度もクラッシュしてないので。

 

須藤:さっき話した車体がフワッと飛んでしまうのも、ドライバーが悪いわけじゃないんですよね。

 

桜井:はい。だからこそ誰もつらい思いをしないために、設計側がどこまでがんばれるかっていうのは毎回ありますね。

 

須藤:“勝つこと”ってずっと言ってますけど、やっぱり安全性は当然シミュレーションとして考慮しなければいけないですもんね。

 

深川:安全じゃなくなる原因は、だいたい風なんですよね。そこにつながる。風だけは制御できない。

不測の事態に対して、どう安定して走行するのかはほんとうに大きなテーマです。最終的には風の効果と車体のバネとかタイヤもぜんぶ計算してシミュレーションできたらいいなと思っています。

 

桜井:ほんとにちょっとした数ミリ単位のセッティング変更で全然違う結果になってしまうのに、見えないところが厄介ですよね。だから風っていうのはやはり、これから何年もつき合っていく最大のテーマであることは間違いありません。

 

民間企業で計算資源を提供するということ

民間企業で計算資源を提供するということ

桜井:シミュレーションも、もともとは各自がそれぞれExcel上でそれっぽいことを地道にやっていました。

でも普通のスペックのパソコンしかなくて、1回の計算に1週間とかかかっちゃうんですよ。その結果が悪かったらまた1からやり直しなんですが、そんなに時間ばかりかけられないし……。

 

須藤:その方法だと追いつかないから、でっかい計算機室みたいなものを会社の中に作ったりするんですよね。

それがコスト的にも手間的にも大変になってクラウドに移行しようってなりますが、M-TECさんはその「自社ででっかい計算機を持つ」段階をすっ飛ばしていきなりクラウドにしたのがすごい。

 

深川:データの秘匿性がすごく高いから、普通はクラウドに置きたがらないですよね。

 

桜井:我々はとにかくスピード感が必要だと思っているので、いいと思ったものは即取り入れたいっていうのがありますね。

 

須藤:そうして当社のサーバーを利用するに至ったわけですが、計算そのものの数学的方法は決まっていて、DeepFlowさんたち解析者はその計算をより効率的に計算機の上でやりたいわけです。

このくらいの規模の計算機があれば数学的に同じ計算がより早く終わるぞっていうことを考えたときに、うちがその規模にちゃんと応えられるかがポイントでした。

よりたくさんの計算機を並べればより早く終わるっていうのを“スケーラビリティ”っていうんですけど、そのスケーラビリティを設計するのはDeepFlowさんで、実際に計算する機械・資源を提供するのはさくらインターネット。

計算資源同士がバラバラにあってもいいのかとか、相互に通信できないといけないのかとかはDeepFlowさんが考えられるんですけども、実際にその通信ができるようにネットワークをさくらインターネットが提供できなければいけません。当社の提供可否によっては、考えていた計算ができないことも……ありますかね?

 

深川:できなくはないのですが、性能が出ない可能性はありますね。でも実際さくらさんのマシンでパフォーマンスしてもらったら全く問題ありませんでした。大学が持っているスーパーコンピュータっていろいろあるんですが、とにかく最高の技術が詰めこまれているんです。でも実際には目的に応じた適切なスペックがあればよくて、さくらさんは民間企業なのでバランスの取れたマシンを提供してくれました。

 

須藤:スパコンってみんなで使うものなので順番を待たないといけないんです。でも順番を待っている間に計算したほうが早いこともありますし、DeepFlowさんとM-TECさんにとっては、そのスピードが大事でした。そういう必要な環境を素早く整えることができたことが3社が噛み合った理由じゃないかと思います。

 

この3社だからできること

この3社だからできること

須藤:レースの世界で必要とされる技術がITに変わってきているというのが我々にとっておもしろかったです。ただレースに勝つということだけではなく、レースを取り巻くいろんな状況をITによって変えられるんじゃないかという、桜井さんの発想そのものがおもしろかった。

 

桜井:他の会社やチームと同じことをやっていたら一生勝てない。なにか新しいことを生み出すことによって、はじめて“勝つこと”に近づけると思っているんですよ。だから違う分野の3社が集まることによって、新しい価値というのが生み出せるんじゃないかと期待しています。今回まずきっかけとして風などの“解析”というところから入りましたが、もっと幅広い分野で一緒に新しい価値を生み出すことができると思います。

 

深川:レースって要件レベルがすごく高いですから。センサー自体が受ける振動があって過酷な状況があって、そういうところに乗せたセンサーからデータを取って処理できるなら、他のこともたいていできますよね。

国内の会社でこうやって一緒に実験しながらサービスを作っていけるのはなかなかないので、レースはもちろん、この3社でその先の広がりが見られるのではという気がしています。

 

須藤:高い水準の技術を追求するのって大事ですよね。尊さがある。目的がハッキリしているものだけでなく、この技術が何の役に立つか分からないけど、これまでできなかったことができるようになるからっていう姿勢はエンジニアリングに大事で、そういう部分を3社とも大事にしているなっていう気がします。

 

桜井:技術者同士が楽しんで仕事ができる環境じゃないと、いいものって作れないと思うんですよ。その環境がこの3社間にはあるのかなと私は思っています。

 

須藤: M-TECさんといろんなことに取り組む中で、DeepFlowさんは課題を見つけるんですよね。それはM-TECさんからすると、レースに向けて解決すべき課題ですけど、DeepFlowさんはそこから世の中に広がるような課題に一般化して考えることができて、その課題をどういうふうに解いていくのかをお考えになる。

それをなるべく安く解きたいわけです。計算をする資源に安いも高いもなく、計算さえできればいい。その基盤を当社が提供することで、M-TECさんから出発した課題が、世の中の課題解決につながるし、そこに当社が一役買うことができればうれしいなと思います。

 

深川:そうですね、いろんな課題があります。M-TECさんからきっかけが出て、さくらさんの基盤を使ってうちが解いて、その結果として世の中に波及していく。

 

須藤:その前提はM-TECさんが厳しい世界で戦っているからです。そんなにシビアでない場所では課題も発生しないし、その課題を解決するための高い技術も必要とされませんから。

 

深川:そうですね。風に対してもまだまだやらなきゃいけないことがあって、もっと突き詰めたいです。

世界トップレベルのメーカーのデータでさえも実際のレースではちょっと使いにくいなということがあるので、ITを駆使した解析でそのレベルを超えられたら、たぶん最強のレースカンパニーになりますよね。どこいっても勝っちゃうみたいな、そこまでいきたいですよね。

 

桜井:風を読んで、勝ち続けられるための仕組みを作ることができれば、我々としてはうれしいですよね(笑)。

 

深川:アニメの中のさくらちゃんも言ってましたよね? 「さくらは風になろうかな?」って。

 

須藤:そうですね、サーバーの中に風を起こすわけですからね。

 

一同:おぉ~~!

 

執筆・編集

さくマガ編集部

さくらインターネット株式会社が運営するオウンドメディア「さくマガ」の編集部。

※『さくマガ』に掲載の記事内容・情報は執筆時点のものです。

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