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5年前「愛情を持って人と接しろ」とアドバイスされ、今も困っている

5年前「愛情を持って人と接しろ」とアドバイスされ、今も困っている

「もっと、愛情を持って人と接したほうが良くなると思います」

 

このアドバイスを言われた時のことを思い出すと、未だに心の隅がチクっとする。

 

5年前、前職のブラック企業で出世したての頃に、小林さんという部下の女性が会社を辞めたいと相談してきた。

ホームページ上ではアットホームな感じで楽しそうだけど、実際は暴言・暴力・知らない役員が火の点いた煙草を死角から投げてくる。などのトラウマがたくさん発生する会社だったので退職相談はよく起こるイベントであり、驚くこともなく話を聞いた。

 

立場上は引き止めなくてはならないが、僕も「この会社を辞めない奴のほうがおかしい」と思ってたので特に何もしなかった。こんな会社にいる意味ないから好きに生きるべきみたいなアドバイスを偉そうに語った。

 

小林さんは真面目そうな顔で頷いたあと、僕にこう言った。

「私も会社が嫌で辞めたいので、言われていることは正しいと思います」

 

「でもなんか、すごく冷たく感じます」

 

「いつも頑張ってくださってることはみんな知ってます、でもどこか怖いと言われているのもそういう部分なのかもしれません」

 

「もっと、愛情を持って人と接したほうがきっと良くなると思います。偉そうにしてすみません」

小林さんは普段まあまあ様子のおかしい人だったりもしたのだけど、個人的には仲良くやっていた認識だったのでその時は強い衝撃を受けた。

退勤後にラインでも話を続けたが、どうしてもうまくいかなかった。

 

小林さんとのLINEのやりとり

 

辞めて別の会社に行ったほうが絶対に幸せになれるので、退職を引き止めないことは自分なりに相手を思いやってのことだった。

だが、学歴やスキルの無い若い女性が期間不明の無職になるということに対して、何も考えていなかったことも事実としてある。

 

そこまで自分が考えなくてはいけないのかという問題もあるのだが、ちゃんと愛情を持って向き合っていたかと聞かれれば、そうではないのだろう。

その後、「妊娠詐欺で生計を立ててるらしい」というとんでもない風の便りを聞き、僕は未だに思い出してはヘコむことになる。妊娠詐欺とは妊娠したって嘘をついて色んなお金を奪い去る行為です。

 

「もっと愛情を持って人と接したほうがいい」

 

きっと、退職を伝えた開放感とかも入り混じっていたと思うけど、僕のことを考えて言ってくれたアドバイスだとはわかった。そしてこの言葉はその後、僕の行動や考えを結構変えていくこととなる。

「今の僕の行動・言葉に愛情はあっただろうか」

 

何かするたびに、このような自問が少しだけ浮かぶようになった。

部下になるべく優しく、しっかり向き合うつもりではいる。でもそれが合っているのかもわからない。すごく難しい。

これは今でもわからないのだが、いったい、愛情とは何なのだろうか。

 

一応自分なりに考えながら気をつけていたが、半年後くらいに別の人からも同じセリフを言われることになった。

 

湯川さんの話

「さっき彼氏と別れたんだけどさ、今日飲み会ないかな?笑」

 

残業が落ち着きだす21時ごろ、湯川さんが僕のデスクに来た。

湯川さんは美人だった。元々モデルをやっていて、ギャラ飲みで生計を立てていたらしい。なぜこんなゴミ会社に急に入り、いきなり役員秘書という役職を得たのかは完全に一切の謎で全くわからないが、仕事はしっかりしてるし外見と人柄が良いので多くの人から好かれていた。

 

「湯川さん別れたんですか!?」

 

僕が返事をするより早く、隣のデスクの浜田が声を発した。

浜田は僕の部下だ。得意先の携帯電話にFAXを送り続けたり、社外秘のメールを一斉送信したり、風俗店の名刺割引とかいうよくわからない割引のために僕の名刺を出すなどの問題行動が多く、営業成績も悪くて人柄も別にあんまりよくないので多くの人から嫌われていた。

やろうと思えば部下を異動させることは出来る。でもきっとこいつが他の部署なんて行ったら毎日殴られて辞めちゃうはずだ。僕は愛情を持って接すると決めていたので、僕の元でミスをしない人間にするんだと、いくら芽が出なくても根気よく教え続けていた。

 

「ただ私が愚痴るだけの会なんだけど何人か誘ってみてほしい!」

「わかりました」

「僕いけますよ!」

 

残業でフロアに残っていた人で、湯川さんと仲良さそうにしてた人たちをメールで誘った。湯川さんの普段の人望か、22時頃に開始というスケジュールにもかかわらず男女合わせて8人くらいが集まった。

メールで「浜田君は呼ばなくても大丈夫!」って来てたのでちゃんと声をかけなかったんだけど、「僕、前から湯川さんのこといいなと思ってたんですよね」って言って勝手についてきた。

 

22時頃に会社を出て、ぞろぞろと歩いてる時に浜田は真面目な顔で言った。

 

「別れたばかりで、飲み会誘われて、これ今チャンスですよね」

 

誘われていないはずなのだが。

 

飲み会を開く

 

「みんなありがとね! 今からずっと愚痴るけど聞いてね!」

 

乾杯もそこそこに、湯川さんは元カレとの思い出を語りだした。

要約すると元カレはわりと時間やお金にルーズだったらしく、約束があんまり守れない人だということだった。湯川さんはそれに嫌気がさしたらしい。そして今朝に別れを告げ、仕事中にラインをやりとりし、先ほど正式に別れに至ったとのことだった。

 

「徐々にしっかり冷めて私からフッたから多分引きずるとかないんだー! 既に結構記憶からも消えかけてます」

「それは早すぎないですか」

「ははは笑」

 

引きずっている様子や、凹んでいる感じは本当に全く無かった。僕らが集められた理由がどんどん曖昧になっていくが、別れたその日に1人で帰るのもなんか微妙なんだろう。

 

「まあそんな感じで別れた! 以上です!」

 

湯川さんは話し終えた。女性社員は同調し、男性社員はちょっと冗談を言ったりしながら過ごした。きっと、過去の傷にすらならないだろうと感じるくらい、カラッとした様子だった。

こういう飲み会もたまにはいいななんて思っていたその時、浜田が口を開いた。

 

 

「そんな最低男、別れて正解ですよ!」

 

 

違くない?

 

そういうのじゃなくない?

 

 

「僕、湯川さんは絶対いつか別れると思ってたんですよね!」

 

 

大丈夫かそのセリフ、絶対言わないほうがいい気がするけど。

 

 

 

「忘れられるように、どこかパーっと出かけたりしないんですか?」

 

 

 

それが今の飲み会なんじゃない?

 

湯川さんは「うるさっ」とだけ言って、それから浜田と話すことはなかった。

 

新宿駅で解散

 

新宿駅で解散し、東口の喫煙所で浜田と煙草を吸いながら湯川さんに謝罪のメールをした。

「今日ほんとありがとう! やっぱり浜田ってすごいね!」と返信が来たのでまあ大丈夫そうだなと思っていたら、浜田がこっちをまっすぐ見て言った。

 

「すみません、一杯だけ付き合ってくれませんか」

 

終電も近く、明日も仕事で早いので普通に嫌だったが、浜田はしょんぼりしている。

愛情を持って接するなら、付き合うべきなのか。どうなんだろうか。

 

……?

いや、なんで?

なんでしょんぼりしてんのコイツ? どこに勝算があった?

 

「帰るわ」

 

彼は帰ろうとした僕の進路をふさぐように立ちはだかって、まくしたてた。

 

「お願いします!このままでは帰れないです!1杯だけ、1杯だけでいいんで!1杯だけ!」

 

新宿の喫煙所前はナンパが横行している。そいつらに混じって同じように呼び止められた。

 

「このままだと家で暗い気持ちになるので!お願いします!もちろん僕が払うので!20分くらいなので!」

 

すごい。すごい押しだ。なぜ日々の営業の仕事でそれが出来ないんだ。

 

「……20分ね」

 

愛情を持って折れて、適当な居酒屋に入った。

 

「ほんと、軽く一杯だけなので」

「約束な。あーすみません店員さん、レモンサワー1つで、浜田は?」

「アイスコーヒーを1つ」

 

軽く一杯の誘いが思ってたより軽いパターンは初めてだ。

 

「あと軟骨の唐揚げと、角煮釜めしください」

 

フードが重いパターンもあるんだね。僕は本当に20分で帰れるのか?

 

軟膏唐揚げをつまみつつ、釜を炊く燃焼材が半分くらいになってきた頃。

ずっとダラダラ愚痴る浜田に、湯川さんは脈がないので諦めなさいと諭していたら、不満そうな顔をしてこう言った。

 

「僕、今日課長に怒鳴られてたじゃないですか、助けてほしかったんですよ」

「お前が資料のホチキス全部右側で留めたからだろ」

「教わってないですもん……マキヤさん、さっきの飲み会でも全然アシストしてくれなかったですよね」

「するわけないだろ、ボールも一切来てなかったよ」

「事前に僕が狙ってるって話もしたじゃないですか、だからもっとこう……なんていうんですかね……」

「なんだよ」

「愛情を持って人と接したほうがいいと思います!」

 

 

なんで。なんでこんなこと言われなきゃいけないんだ。ぶち殺したい。

同じ言葉なのに受け取る印象が全然違う。その理由もわかる。

これは僕のためではなく、コイツが自分のために僕に言ったアドバイスだからだ。

 

 

高校生の頃、親友のお母さんに「日本大学の芸術学部に行ったほうがいい。調べてみて」と言われ、色々調べたりして気に入り、浪人してまで進学したことがある。あのアドバイスが無かったら絶対に現役で受かった適当なところに行っていたはずだ。
そしてその大学に行っていなかったら今こんな文章も書いていなかったと思う。あの一言は運命を大きく変えている。

 

アドバイスはあらゆる会話の中で、一番難しいんじゃないかとも思う。相手のことを思って言ったとしても、相手からしたら望んでいなかったり承知の上のことだったりもするが、運命を左右することもあるのだから。

だからこそ自分のために相手にアドバイスをする行為だけは、「その責任が取れるのか?」と思ってしまう。

 

インターネットでは「それを言った自分が気持ちいいから」としか思えないアドバイスみたいなのをよく見かける。その瞬間で嫌な思いはするだろうし、もし素直に受け取ってしまったらそれが一生に影響を与えることもある。そんな不幸が確実にある。「痩せたほうがいい」と言われ拒食症になった同級生のように。

 

アドバイスをする時は一回落ち着いて、相手のことをちゃんと考えて、「本当に言ったほうがいいか」を自問してもいいかなと思いました。

 

以上が、僕からのアドバイスになります。

 

 

 

執筆

マキヤ

29歳。会社で編集などの仕事をしながら、違う会社の執行役員になっている。先月、実家の牛乳を新しい方から使ったことで親からひどく怒られた。

編集

川崎 博則

1986年生まれ。2019年4月に中途でさくらインターネット株式会社に入社。さくマガ立ち上げメンバー。さくマガ編集長を務める。WEBマーケティングの仕事に10年以上たずさわっている。

※『さくマガ』に掲載の記事内容・情報は執筆時点のものです。

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