声優の福原香織さんと野水伊織さん。本記事では、共演も多くプライベートでも仲の良いおふたりの対談をお送りします。
これまでに福原さんの連載で、さまざまな人と対談をしてもらいましたが、同業者(声優)の方との対談は初めてです。声優同士ならではのお話も聞けました。
まずは前編として、お互いの印象や、新型コロナ流行による自粛期間中にどう過ごしていたか、お仕事をするうえで意識していることなど、さまざまなテーマで語っていただきました。
野水伊織さん
10月18日生まれ、北海道出身。プロダクション・エース所属。声優デビュー前からテレビやCM、ラジオなどに出演。2010年、TVアニメ『そらのおとしもの』のニンフ役で声優デビュー。翌年1月には自身がヒロインのハルナ役を演じるアニメ『これはゾンビですか?』主題歌を担当し、歌手活動を本格化。
Twitter(@nomizuiori)公式ブログ(野水・オブ・ザ・デッド)
福原香織さん
8月11日生まれ、千葉県出身。ブライトイデア所属。幼いころから声優を目指し、15歳のときに単身上京。2005年声優デビュー。代表作『らき☆すた』柊つかさ役、『咲-Saki-』天江衣役、『Aチャンネル』るん役 他、アニメ・ゲーム・歌手活動など、さまざまなキャリアを積む。2016年から2019年の約3年間、フリーランスとして活動。
Twitter(@FukuharaKaori)ファンクラブ (福原香織オフィシャルファンクラブ)
初共演はお互い緊張していた
福原香織さん(以下、福原):初共演は『そらのおとしものf(フォルテ)』(2010年)だったね。どんな感じだった?
野水伊織さん(以下、野水):お互い、最初は壁があったんだよね。もちろん今はそんなことないですよ! でも、当時かおりん(福原さん)は私にとっては先輩で、有名な作品にも出ていて……。私は『そらのおとしもの』が初めてのレギュラーだったから、やっぱり緊張してたね。
福原:私は2期からの参加だったからね。現場には伊織ちゃんも含め、新人の方が何人かいらっしゃったんだけど、みんな私より年上で、どういう立場で接したらいいかわからなくて、試行錯誤してたかな。今振り返ると、伊織ちゃんに対してというよりも、現場に対してすごく緊張感を持っていたなって思う。
そのあとも、ときどき共演する機会があったね。がっつりレギュラーで一緒だったのが『新妹魔王の契約者(しんまいまおうのテスタメント)(以下、新妹)』(2015年)だよね。そこでまた話しているうちに、お互いが大人になったっていうのもあって……。なんか文字に起こすと、本当に誤解を招きそう! 仲が悪かったわけじゃないんですよ!(笑)
野水:そうそう(笑)。ただ本当に、『そらのおとしもの』のときは、新人の私からすると、うかうか話しかけてはいけない気がしてたな。でも、かおりんも実はデビューしてから長いわけでもないし、周りをフォロー出来る立ち位置という感じでもなかったんだよね。
福原:うん。年齢的にもキャリア的にもね。
野水:『そらのおとしもの』は主人公を演じていた保志総一朗さんがベテラン。すごくやさしく現場をリードしてくれる座長で、かおりんも私もフォローしてもらう側だったから。私たちがお互いを気にする余裕がなかったんだよね。
福原:そうそう。
野水:その時はお互いに人見知りっていうのもあって、そんな感じだったけど、『新妹』で「濃厚に絡む(物理)」みたいなキャラクターをやって(笑)。より打ち解けたんだよね。
福原:そうだね。『新妹』のあとに私はフリーランスで活動していくことになって、自分で仕事を回していく中で、何回か伊織ちゃんに私から仕事をオファーしたこともあったよね。
役者の仕事だけじゃなく、マネージメントも自分でする立場で伊織ちゃんと接したときに、また視点が変わったな。初めて2人でごはんに行って話してみたら、意外と仕事に対する考え方が近いなと思ったの。大人になったからこその話ができて、すごく楽しくて、そのときにまたさらにぐっと仲が深まったような感じがするな。
野水:『そらのおとしもの』のときにも番組派生のユニットを一緒にやったりしていたし、一緒の現場は多かったはずなんだけど、距離が縮まったのは結構最近かもね。
外出自粛期間の過ごし方
福原:4月はずっと家にこもってたかな。仕事もなくなったし、イベントもできないし、新型コロナウイルスがどういうものなのかもよくわからないし、結構世の中がパニックだったじゃないですか。
だから、私はずっと家にいて「どうぶつの森」をしてた。15歳で上京してから、ゆっくりする期間がなかったから、自分のことを考えたり、「やらない」ことをやるっていう選択をして、私は勝手にプラスにとらえてたんです。4月、5月ぐらいは本当にのんびりしてたかな。
野水:私も、かおりんと一緒。自分だけ仕事がないと焦っちゃうけど、みんなでお休み期間という感じだったから(笑)。
結構、朝方まで「どうぶつの森」をしてたかな。あのときは、先が見えなくて半年くらい外に出られない、みたいなことになるかもしれなかったじゃない? 不安もないわけじゃなかったけど、友達と一緒に「どうぶつの森」の中で遊べたりしたから、ちょっと救われたな。映画を見るのが趣味なのに、あの2か月間は意外と見なかったんだよね。
福原:私もそう。インプットもアウトプットもしたくなかった。
野水:だから”なにもしない自分”から、ちょっとずつ復帰していくのが結構大変だった(笑)。
リモートの良さも感じたけど、寂しさもある
福原:コロナの影響で自分の番組とか、打ち合わせもリモートの環境を取り入れるようになったね。機械音痴だから、オンラインで打ち合わせとか絶対無理! って思っていたけど、やってみたら意外と簡単だったり、リモートの良さも感じたから、徐々に変化を楽しむことが少しできたかなって。伊織ちゃんはどうだった?
野水:私もアフレコの収録が6月くらいからポツポツあって、外に出るお仕事も少しずつやらせてもらいながら、リモートでの打ち合わせとかもあったよ。家でも仕事できるんだっていうのは感じたかな。
私はかおりんみたいに、もともと自分発信の配信をやっていたわけではなかったのね。でも、イベントも中止になってしまったので、みんなに顔を見せたり、何かしたいなと思って、とりあえずYouTubeのチャンネルを立ち上げたの。
福原:やってたね! そうだそうだ。見たよ。
野水:配信のためにいろいろ準備してみて、そういうものも以前は一切できなかったけど、やれば意外とできるんだなっていうのは発見だったかな。
福原:機械は難しいっていう思い込みというか、食わず嫌いみたいな感じだよね。
野水:本当はやりたくないけど、やればできる、みたいな。意外と楽しかったかも。
福原:私、その頃から今現在も、自分の番組配信はリモートにしちゃってる。スタッフさんも私も、みんな家でできる環境を整えていただいたので、スタジオに行かずにやれてる。
野水:ある種、これも”働き方改革”的な(笑)。
福原:ただ、リモートのデメリットもやっぱりあるなって思った。こうして顔を合わせると「最近どうですか」っていう雑談とか、近況報告ができたり、”生の温度感”があるじゃない?
例えば、イベントに来てくれた方の中にも、画面で見てるときは、かおりんそんなにって思ってたけど、生で見たらめっちゃよかった! って感じてくれる人もいるじゃないですか(笑)。
今はファンの方と接する機会も、ほぼ画面越しだし、”生モノ”の感じがかなり減ってしまったかな。私は結構、そういう温度感も大事に仕事したいタイプなので、そこに関してはちょっと寂しさも感じるときがあるな。
野水:便利になった部分もあるけど、応援してくださる方が遠いところから会場に足を運んでくれることが、そうしなくてもいいじゃんってなったら、この業界も変わりそうだよね。配信でいつでも見られるし、わざわざ行かなくていいやってなって、そのうち「配信あったっけ」ってなって”ファン卒業”ってなりそう(笑)。そうなったら寂しいね。
福原:声優でも、YouTube配信などをするために宅録環境を整え始める人が多かったもんね。当初は、いまだにマスクをして、リモートを続けることになると思ってなかった。
いずれいらなくなるかもしれないものを買うのが嫌で、私は配信用の照明機材を買うのもずっと渋ってたの。でもついに買っちゃった、女優ライト(笑)。もう自分の顔の影に耐え切れなくて……(笑)。
野水:私も、パソコンをのせるテーブルを買ったよ。安いのでいいやと思って、折りたたみテーブルを買って、高いところにあるものをとるための踏み台みたいなものに座って配信やってたの。でも、腰が痛くなって、これはだめだと思った(笑)。
まだこの状況が続くなと思って、イスを買ったんだけど、今度は角度が悪くて顔が丸く見えるからいやで、ノートパソコンを乗せる台も買ったね(笑)。
福原:声優が家で環境を整えて各々がYouTubeなどの番組を持つなんて、私達のデビュー当初からしたら考えられないよね。
野水:こんなに、SNSが流行るとも思わなかったもんね。
おふたりが仕事をするうえで意識していること
福原:もちろんお芝居が上手にできるっていうことが前提。でも、この業界にはお芝居が上手な人というのはたくさんいるから、その中で生き残って、ましてや生活していくことって、本当に大変なこと。
そう考えたときに”人間力”が試されるなって思った。フリーになったときに実感したね。私は多分、もともと「しっかりしてるね」と言われるようなタイプで、確かに、マネージャーに言われなくても時間は守るし、忘れ物もしないし、イベントのときも、基本自分のことは自分でやれる。
でも、そうじゃない、さらにプラスの部分をやっていかないと、人として未熟なままなんじゃないかと。私は社会人経験が声優の仕事以外にないので……。このまま40歳、50歳になっちゃうかもしれないって思ったときに、意識して変わろうと思ったな。
実は、フリーランスのときに自分の成長のために、ビジネス系の勉強会にも行ったことがあるの。みんな頭が良すぎて圧倒されちゃったんだけど(笑)。社長さんとか、お医者さんとかそういう世界の人たちが同世代にいるんだって思うと、本当にすごいなあって。業種は違うけど、私はまだまだだなあって思う。
野水:私は、自分はずっと子どもみたいだなって思ってる。この業界の人たち、全員じゃないと思うんですけど。それこそがキャラクターになったり、個性として求められる部分でもあるんだけど。
そういう個性があれば、マネージャーさんをはじめ、事務所がフォローしてくれて、時間通りに現場に行って仕事さえできていれば生きていけちゃう。でもそれだけじゃ人間としてはだめだよね、みたいなことを考えるときがあるけどね。
だから、かおりんが言ってることはすごくわかる。そういう、違う世界の人がいるところに行くと私もそう思うだろうな。だから、私はフリーランスには絶対なれないと思う。
福原:本当!? 伊織ちゃんは、絶対フリーランスでもできるタイプだと思うよ。
野水:かおりんがフリーランスになったときすごいと思ったし、「こういうことをやって勉強になったよ」とか「こういうことをしたんだ」って話を聞いて、「なんてすごいんだこの人……!」って本当に尊敬し直したんだよ。
福原:(笑)。
野水:私だったらまずやろうと思わないだろうし。でも、だからこそ、普段から「せめてちゃんとしよう」とは思ってる。タレントよりもマネージャーさんのほうが大変な仕事だと思うから。
福原:そうだよね。
野水:俳優さんだと多分、俳優のAさんにはマネージャーのBさんがつく、みたいな一括管理が多い。でも声優だと、現場によってマネージャーさんの担当が違ったりする。事務所によっても違うかもしれないけど。
この動画配信には誰々さんがつくけど、こっちのアフレコは誰々さんみたいな感じで、ひとりのスケジュールを共有してもらいながら、やりとりしてもらってるんだよね。
福原:事務所によっては、ひとりが何十人も見てたりするよね。
野水:圧倒的にタレントの数よりもマネージャーのほうが少ないもんね。私がその日の仕事を終えても、マネージャーさんはまた次の現場に行って、家に帰ってスケジュール調整して……っていうことをやってるんだろうなと考えたら「すごい仕事だなぁ、敬意を払おう」って思う。本当に最低限なんだけど、それがかおりんの言う”人間力”なのかな。
あと、私もこの業界は生き残るのがすごく大変だと思う。だから、私も声優として生活できていて、気がついたら10年。それはすごいことだと思いつつも、この先続けていくにはどうしたらいいかな、というのは考えたりするな。
そうなると”人間力”と、自分の持っているものをどれだけ出せるかっていうのは大事だよね。今は声優でもただアフレコをするだけじゃなくて、いろいろなことができる間口が広がったからこそ、もっとしっかりしなきゃな、もっとスキルを持たなきゃな、って考えるかな。
好きなことが仕事につながった
福原:私と伊織ちゃんが、やっていて良かったことのひとつだと思うんだけど、私たちって、いろんな仕事をやるじゃない?
野水:そうだね。
福原:トーク番組もやれば、多分、ほかの事務所だったらNGかも、っていうことにもチャレンジしていて、事務所もとても協力的。そういう部分も、間口を広げることにつながっているのかな。アニメだけにこだわっていたら、多分、私はもうとっくにいなくなっていたと思う。
野水:やっぱり、アニメっていうのは、声優の仕事では華やかな部分ではあると思うんだよね。吹き替えにたくさん出演している先輩ですら「アニメに出てないと死んだと思われる」って冗談半分でおっしゃることがあるくらい。
福原:アニメ出てないと「消えた」って言われがちだもんね(笑)。
野水:そう(笑)。最初は気にしたけど、今はもうあまり気にしてない。もちろん、今もアニメの作品に出られたらありがたいし、出たいと思ってるけど、それだけじゃない。それだけが楽しいことでもないし、いろんな仕事があるよね。
もともと好きだからやれるんだと思うし、大人になって、やれることが広がったのは嬉しい。
福原:だって、伊織ちゃん”ホラーや映画好き”が世に広まってからすごく生き生きしてるもんね(笑)。ホラーのコスプレ、ときどきTwitterにのせてるけど、そのガチ度がすごい(笑)。
#Halloween2020
『死霊館のシスター』(18)シスター・ヴァラク(再)
『アンブレラ・アカデミー』No.5
『来る』(18) JK巫女
ゾンビナース(オリジナル) pic.twitter.com/KhiuMb7fYE— 野水伊織@29日『ハッピー・デス・デイ』&『2U』連続上映後トークイベント (@nomizuiori) 2020年10月31日
そういうのも本人がすごく好きっていう気持ちが伝わってくるから、生き生きして見えるし、オファーする側も、「野水さんに映画評論をお願いしよう」ってなるんだと思う。”やらされてる”のと”好き”なものの発信って全然、熱量が違うから。
野水:それは本当に、SNSがあってありがたいなと思ってる。趣味で映画観て、映画の感想を書いてただけなのに、SNSからお仕事につながったからね。
福原:昔から好きなの? 映画。
野水:たくさん見始めたのはここ5年くらいかな。出演した舞台の主宰の方に、「あなたの芝居は、海外の女優さんの誰々に似てる」って言われたことがあったんだけど、女優さんの名前を言われても、顔しか見たことないから全然わからなくて。どんなお芝居をする人なんだろうと思って、まとめて何本か見たら、「映画、面白い!」ってなって、見始めたの。
それまでは明確な趣味ってなかったんだよね。それが「映画が趣味です」って言えるようになって、映画の感想をSNSで書いていたら、「コラムやりませんか」って声かけてもらえた。
コラムやりはじめたら、映画をよく観る方から、センスいいね! って言っていただける機会もあったり、やっぱりホラーが好きだったから、ホラー映画もめちゃくちゃ見るようになって、お仕事をもらえるようになったんだよね。
だから、後輩とかに話す機会があるときは、好きなものは掘り下げようってアドバイスする。逆に好きなものをうわべだけで言っちゃうと、なんだ浅いじゃんってがっかりされちゃうから、好きなものがあるならとことん掘り下げていったほうがいいよって。
福原:意外と仕事に繋がるんだよね。
野水:今は、なんでも仕事になる時代だもんね。前よりは世に出て行ける可能性は広がっている気がするよね。
事務所にいて良かったと思うこと
野水:他の事務所に行ったことがないから体感だけど、とにかくアットホームだと思う。相談しやすいし、何かあったら怒ってくださいっていう話もできる。昔からマネージャーさんとは、話しやすいかな。
福原:今の事務所に入って1年が経ったの。もちろん、フリーの良さもあるんだけど、どうしてもフリーでやるには限界もあるのね。例えば、今年デビュー15周年で、イベントだったりライブだったりをしたいと思っていたのね。結局、コロナの影響で延期になっちゃったんだけど。
そういう、何か年間を通して自分をプランニングしたり、節目のイベントを自分ひとりでやるのは、ちょっと限界があるなって思った。それで、もともと仕事で付き合いのあった今の事務所の社長に相談して、「香織ちゃんだったら、ぜひうちに来てほしい!」って言っていただいて、事務所と契約したんだよね。
事務所に所属するメリットはもちろんたくさんあって、ひとつの組織がチームで動くっていうのが一番大きいんじゃないですかね。
野水:今は、VTuberさんとかもでてきていて、声を使った仕事ができちゃう人が、声優っていう枠組み以外でもすごく多くなってきたよね。
そういった間口も広がったからこそ、やっぱり声優じゃないとできないものは絶対にあるし、それは声優事務所じゃないとできないっていうことも多くあると思うんだよね。そこがその界隈のプロの仕事なんだろうなって。
福原:事務所がちゃんとしていたり、キャリアがあると質が違う、というのはあるね。でも、やっぱりフリーの良さだって絶対にある。結局、活動する本人、それとクライアント側がなにを重視するかだよね。私は今の時代だからこそ、いろいろな選択肢があってもいいと思う。
■
声優の職業に限らず、多くの人が新型コロナの影響で外出自粛を経験しました。この期間に自分のキャリアや人生についてあらためて考え直した方も多いのではないでしょうか。「好きなことを仕事にする」というのは難しいことだと思われがちですが、おふたりがおっしゃっていたように、今は好きなことを仕事にしやすい時代です。
自らできないと決めつけず、やりたいことをできるに変える努力をしていくことが大切ではないでしょうか。