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インターネットで天職に出会って5年。SNSをきっかけに独立起業した元激務OLの革命

インターネットで天職に出会って5年。SNSをきっかけに独立起業した元激務OLの革命

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2015年、秋。私はどん底にいました。夫の海外転勤が、目の前に迫っていたからです。

「駐在員の妻になれるの? 素敵!」

と、20年前なら羨ましがられたでしょうか。

ですが、現実は過酷。先進国への駐在ともなれば、日本企業の駐在員は物価高に押され厳しい暮らしを強いられます。そんな環境へ何年いるかもわからない、言語も文化も違うところへ放り出される夫のストレスを考えれば、同行したい。

しかし、それは正社員のキャリアを手放すことを意味していました。

元激務OL、ワークライフバランスを手にして適応障害になる

元激務OL、ワークライフバランスを手にして適応障害になる

大学を出た私は、新卒で激務と知られる外資系企業へ就職。やりがい、成長と引き換えに、朝から晩まで仕事漬けでした。一瞬一瞬が全部輝いていた! と断言できる、楽しかった仕事の数々。けれど、体調を崩す人が後を絶たない職場。

「楽しいけど、このままじゃ20代のうちに倒れる」

と、転職を決めて26歳。こんどは、ワークライフバランス重視の企業で、毎日18時に帰る新しい日々。本来なら改善したはずの待遇。そこで私は、新しい生活に適応できませんでした。

深夜まで「よっしゃ! やったるで!」と声を上げて、励まし合う。毎日がお祭り騒ぎのような会社にいた身にとって「早く帰らされる」ことの恐怖は大きかったのです。干されているのではないか。本当にこの働き方で評価されるのか。日々、不安が膨らんで押しつぶされそうでした。

めまいがして「軽い適応障害ですね」と、診断がおりて。さあどうする。症状も軽いし、休まず踏ん張ってみるか、それとも一度休職するか。そんなとき、自分を救うために始めたのがTwitterとブログでした。

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Twitterとブログで、自らを「激務時代」のサイクルに戻す

Twitterとブログで、自らを「激務時代」のサイクルに戻す

とはいっても、別にSNSマーケティングのプロだったわけでも、何でもありません。SNSもブログも、アカウント自体は以前から持っていました。

ですが、それまでは普通の日常をつづるものばかり。「退勤なう」くらいしか投稿しないため、フォロー・フォロワーは両方とも知人友人ばかりでした。

しかし、時間ができた私には書きたい言葉があふれていました。

いくつか、私が初期に書いていた文をまとめてみます。

・総合職では30代から本格的に仕事を任される企業が多いが、30代は女性が出産・育児で最もキャリアの穴を開けやすい時期。そのため、女性は本人が望まない形で出世コースから外される。せめてなぜ、それを就活の時点で教える人がいなかったのだろうか。

・陰湿ないじめがはびこる地方都市から、根性で這い上がった大学進学。しかし、私は地方の人間を許せなくなっていた。「努力をしないから、底辺になるのだ」と思ってしまった。階層を上がった人間は、下の人間を許せなくなる。自分の人生は自分で何とかできると思ったら、それは生存者バイアスの始まりだ。

・男性が家に遊びに来た。それだけで「性的に同意」したこととなるのはなぜだろうか。家に上げるうえで、「いい?」と聞くのはわかる。だが、聞かずに行為を強要するのは、性暴力ではないか。家に来た時点では、まだ友達か性的な対象かは、ハッキリしていないのだから。

……堰(せき)を切ったように、言葉がブログとTwitterに漏れ出して。ありがたいことに、フォロワーが5,000人、10,000人と増えていき、そしてこんなメールをいただくようになりました。

【ご執筆のお願い】

ここから、私の人生は本格的に変わり始めます。

媒体への寄稿、そしてライターとしてのキャリア開始

媒体への寄稿、そしてライターとしてのキャリア開始

執筆のご依頼をいただいた当時、私は副業禁止の会社に勤めていました。そこで、謝礼をごくわずかな額に設定し、副業と言えない範囲での執筆を開始。月2本から始まった「かくしごと」は、どんどん増えていきました。

18時に帰宅する電車の中で、Twitterへ投稿。帰宅後はメールをチェックして、依頼をいただいていたら返信。執筆。そしてご請求書やお見積書の手配。上がってきたプレビュー投稿の事前チェック。契約書の締結に、打ち合わせの時間調整。

ライターとは、書くだけのお仕事にあらず。思いのほか増えた経理・法務系の関連業務もあり、私はあれよあれよという間に激務時代の労働時間にカムバック。しかし私は、とてつもない快感を得ていました。仕事って、楽しい! 働くって、最高!

こうして、ワークライフバランスによる適応障害という、狂った労働観は癒されたのです。

もちろん、成功談ばかりではありません。SNSで拡散され、ご批判をいただくこともあります。ヒヤリ、としたことは1度や2度ではありません。それでも炎上を経験せず、なんとか辺境の恋愛・就活ライターとして、現在もお仕事をいただいています。

その間プライベートでは、海外赴任になった夫との離婚という、大きなイベントがありました。もともとライターになったのは夫の転勤から。「いったい何のために正社員を辞めて、海外へ同行したんだっけ」と脱力したのも事実です。

しかし、自分でコントロールできる労働時間に、大きな裁量権。ご縁をいただける新しい媒体さんや編集者さんとのつながり、立ち上がる新しい企画に、ワクワクする瞬間。突然の税金支払いや原稿料の未払いなど、トラブルもまた楽しいもの。ワーワー言いながら、独立して今年で5年になります。

あのとき、Twitterアカウントがあったから。ブログを書いたから。私のキャリアは「正社員を夫の海外転勤に同行して辞めた人」で止まりませんでした。SNSが、私の人生を革命してくれたのです。

失われる同期たち、そこで長く走る者とは

失われる同期たち、そこで長く走る者とは

将来に、不安がないわけではありません。私がいま恐れているのは、孤独です。

ライターというと、孤独な作業を想像されるかもしれません。確かに、執筆作業は1人でおこないます。しかし、都心部では取材や交流会で、ライター同士は繋がっているものです。

私のときも、「同期」としてデビューしたライター同士はつながりがありました。仲良くなった人とは、月に1~2回会って飲む関係にも発展。原稿料の相場を確認したり、おすすめの媒体さんを教えていただいたり。新卒の和気あいあいとした関係にも似た、楽しいライター生活が待っていました。

しかし、やりがいある、楽しい仕事で次に待っていたのは底なしの離職率でした。外資系企業にいた私は、離職率が高くてもそこまで驚きません。ステップアップのために、他社からスカウトされて、体がもうもたないから……さまざまな理由で、外資の人はアッサリ転職していきます。

しかし、ライターの離職率はそれ以上。それも、ネットの誹謗中傷から精神的に病んでしまって……営業が苦手だから食べていけなくて……といった、あまり宜しくない理由も多くありました。

私も、外資で偉いひとから

「売れると言ったのに、全く売れないじゃないか、この詐欺師!」

「こんな仕事ぶりなんて、脳に障害があるんじゃないの?」

なんて罵られ、面の皮を育てた過去がなかったら……ネットの誹謗中傷で傷つき離職した側かもしれません。

気づけば、ひとり、ふたりと仲間が減り……。いま、同期といえるメンバーは、数名まで減ってしまいました。さあ、この孤独といかに向き合っていくか。才能なくご縁だけで書き始め、走り続けることで生き残ってしまった私が抱える次の課題です。

それでも、やっぱり思います。

書くことは、楽しい。

インフルエンサー☆☆☆を目指すわけではないあなたの人生も、きっとSNSを通じて変わったのではないでしょうか。お仕事の幅や、視野が広がっているのではないでしょうか。この20年でインターネット、そしてSNSなしに世界は成立しないほど、大きな存在となりました。

きっと、あなたの世界も変わっていきます。少しずつ、確実に。きっとあなたも、天職へのきっかけが、目の前を流れるタイムラインに、メッセージに落ちているはずです。ライターに限らず、仕事でしんどい思いをしているすべての人が「きっと、辞めても大丈夫」と思える人生を歩めるよう、願っています。

このお仕事につなげてくださった、Twitterとはてなブログに、そしてインターネットに感謝を込めて、今日は筆を置くことにします。

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執筆

トイアンナ

ライター。外資系企業に勤めてのち、独立。恋愛とキャリアを中心に執筆しており、書籍に『モテたいわけではないのだが』『確実内定』『やっぱり結婚しなきゃ!と思ったら読む本』など。

編集

川崎 博則

1986年生まれ。2019年4月に中途でさくらインターネット株式会社に入社。さくマガ立ち上げメンバー。さくマガ編集長を務める。WEBマーケティングの仕事に10年以上たずさわっている。

※『さくマガ』に掲載の記事内容・情報は執筆時点のものです。

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