これからの営業は、いきなりスペシウム光線を発射する覚悟でゴー!

これからの営業は、いきなりスペシウム光線を発射する覚悟でゴー!

新型コロナの影響からは逃げられない。

 私事で大変申し訳ないけれども、現在、僕は会社上層部から「新型コロナ感染拡大を念頭に入れた営業開発計画を立案してくれ」と言われて、どうしたものか、と白髪頭を抱えている。営業部門の責任者を任されているので、チーム全体の計画を立てて、その計画を達成することも仕事のひとつなのである。

だが、数値的な目標は作れても、それをどうチームの仕事に落とし込んでいけばいいのか、まだ、わからず悩んでいる。先行きどころか、来週の状況がどうなるかも、予測できないからだ。というわけで、命じられている期限ギリギリまで粘っている。提出期限ギリギリまで状況がまだまだ動きそうな気がしてならないからだ。

僕なりに考えがあってギリギリまで粘っているのに、下々の気持ちを汲み取れない人が、特に昭和20年代後半から昭和30年代前半にかけて新潟で生まれた鈴木姓の男性には多いらしく、「計画はいつ出来るんだ。のそのそしているとコロナも消えてなくなってしまうぞ」と恫喝めいた言葉を投げつけてくるのだから、たまらない。

やられたら半分くらいはやり返したい。半返しだ! そんなドラマのような熱い気持ちはないので「感染症がこんなふうに業務にかかわってきた経験はないので、悩んでいます。もし知恵があったら授けていただけませんか?」と教えを請うと「私も未経験だからどうやればいいかわからない」と童貞のような答えをかえしてきたので軽く絶望。

これまでの仕事のやり方を変えないと死ぬ

 僕の職場もこんな具合に新型コロナ感染拡大の影響を受けているわけだが、この事態の難しさは、この国の多くの人が何らかの影響を受けていながら、その影響と悩みが個々の仕事や立場で違うため、一様な対応策が打ち出すことが出来ず、対応が難しくなっていることにある。業種を限定して「仕事をするな! でも満額の保障はないよ!」と言われてもね…。

僕は長年営業職として働いてきたので営業マン目線でしか見られない。そして営業という仕事に着目して考えてみると、これまではヨシとされてきた方法を、いちど解体して再構築する必要性を強く感じている。たとえば、人との接触機会を減らすような風潮によって、営業という仕事を根底から変えなければならなくなったと感じている。そして厄介で面倒なこの風潮は、一時的なものではなく、倦怠期の夫婦関係のように、しばらくは続きそうなので、付き合っていかなければならない。


3密を避けるで、仕事がプラスに動くこともある。

3密を避けるで、仕事がプラスに動くこともある。

 ネガティブな要素はいくらでも出てくるので、ポジティブな要素にしぼって、これからの働き方について考えてみたい。大企業は体力があるぶん、中小企業よりは生き残れる可能性が高いかもしれない。だが、仕事の最前線にかぎっていえば、大企業と中小企業や産声をあげたばかりのベンチャーの差は、よりなくなってくるかもしれないと思う出来事があった。

今年に入ってから話が進んでいる、まあまあ大きな案件がある(特定されると大目玉を食らうのでボカします)。企画提案は終わり、これからプレゼンという正念場だ。大手もいくつか参加しているので、正直いって、難しいかもしれないと僕なりに評価していた。ところが意外なことに、密を避けるという風潮が、われわれ中小にとってはプラスの風になりそうである。というのも、プレゼンがオンラインで各社2名との対話形式へ変更になったのだ。

僕が正直いって厳しいかもとプレゼンを悲観していたのは、大手のプレゼン力をおそれていたからだ。提案内容には自信があった。だから選考を勝ち抜いたのだ。大手にも負けていない、いや、勝っているという自負もある。だが、悲しいかな。大手とは財力とプレゼン力の差でひっくり返される可能性は十分にあると悲観的にもなっていた。かける予算が違うので資料につかう商品写真ひとつでも、相手は百戦錬磨のプロカメラマン、こちらは百均好きのインスタすらやったことのないただのオッサンが撮ったものでは、訴求力がちがい、勝負になっていなかった。

大手の華麗なプレゼンがトラウマになった。

 また、僕は大手と競って契約を勝ち取ったことは何度もあるけれども、それでもかつて大手のプレゼンで受けたトラウマを払拭できてはいない。どうしても自信が持てないのだ。あれは20年近く昔のことだ。今とは違う業界で営業マンとしていた僕は、最終選考に残った大手の提案を見て「勝った」と勝利を確信した。どうみても自分たちの提案のほうが勝っていたのだ。内容、価格、目新しさ…。

だが、負けた。プレゼンでひっくり返されたのだ。大どんでん返しといっていい。大手のプレゼン、その内容はたいしたことはなかったが、華やかだった。その日のために臨時に雇用されたレースクイーンのようなミニスカのお姉さんたちが、棒読みで原稿を読み、ボードを持ってクルクル回る、まるでイベントのようなプレゼンにやられてしまった。気づくと僕もお姉さんに手がちぎれるほどに振っていた…。そのレースクイーンプレゼンの様子が今でも、フラッシュバックするのだ。

自分が戦う戦場を見極める。

 だが、新型コロナの影響で、プレゼンが2名限定の対談形式になれば、大手も個人事業主も関係ない。企画提案の内容で勝負ができる。提案をうけるクライアント側も、選定作業においても的を絞ったものにせざるをえないので、提案内容を重視する選定方法に切り替えたのではないかと予想している。このように、密を避けるという風潮が、仕事をすすめるうえで、マイナスばかりではなくプラスになることもありうるのだ。絶望しすぎることはないのだ。

もちろん、商品やサービスの内容そのものが問われる、つまり誤魔化しがきかなくなるので厳しさは増すけれども、真面目に仕事をしている人たちにとっては、内容勝負できる機会が増えてくるかもしれないので良い傾向だろう。一方で、「こんな時代だからウチは大手さんとしか話をしない」というケースも増えてくるのもまた事実。大事なのはこれまで以上に自分たちが戦うべきフィールドを慎重に見つけて、ムダな戦いをしないこと。そして戦場を見つけたら、全力で戦うこと。それしかない。

いきなりスペシウム光線発射する営業スタイルへ。

 これまで、営業という仕事は、どんな業種であれ、お客様との関係性を構築することを重視するやり方を取っていた。面談を重ねて、お客様のニーズに基づく、商品やサービスを提案するという方法だ。これからは、接触機会を減らさなければならなくなる。これまでの「人と会う営業」のやり方を捨てて、「人と会わない営業」を考えなければならない。もちろんオンラインや別の方法で会う機会を補填することはできるけれども、会わない方法、関係性を構築する方法は見直す方向性は変わらない。

「市場調査、テレアポ、名刺交換、面談、ヒアリング、提案、修正、成約」という新規開発営業の流れを解体すると、はじめて会っていきなり出会いがしらに相手のニーズに合致した提案をぶつけるような営業になるのではないかと予想している。関係性を構築するターンを省いて、提案をぶつけて、それから関係性を築いてしまう速攻型への転換。より精密な事前調査が前提になるだろう。ウルトラマンがあらわれるなり必殺技スペシウム光線を発射するようなものである。

変化を楽しむ

 いきなりの提案からの関係性構築。このやり方へ試行錯誤を重ねながらウチの営業チームも切り替えている。成果はボチボチといったところ。問題点(リスク)もあって、いきなり提案をぶつけてしまうので、後が続かないケースが見られるのだ。スペシウム光線をかわされてしまうと打つ手がなくなってしまうのだ。大技であるスペシウム光線のあとに小技を出しても効き目は少ない。

いきなりスペシウム光線がいいのかわからないので検証が必要だけれども、変化が求められる時代の中では、変化を楽しんでしまおうという気持ちを持つことが求められているのだと考えている。

デフォルトで負ける覚悟をしておく。

デフォルトで負ける覚悟をしておく。

 最後にもうひとつ、あえて負ける覚悟を決めてから挑むというスタンスもこれからの時代に必要なものなのではないだろうか。ビジネスの世界で覚悟というと、「自分の売っている商品を信じぬく!」とか「お客様の気持ちに応えたい!」「他社には絶対に負けない!」といった、後で冷静になってみると、薄気味悪く思えるほどの勝負に勝つための覚悟だったけれども、負ける覚悟を持つ必要性を僕は感じている。

なぜなら、先述のとおり、これからは「ウチは大手さんとしか話をしないから」という超安定志向の前で爆発して終わりや、スペシウム光線をかわされて終わり、といった努力や能力ではいかんともしがたい敗北をする機会が予想されるからだ。

これまでのような「絶対に勝つ」という熱い信念をもって勝負に臨み、「今回は大手さんに」のひとことでスパっと切られる事態が続くと、ダメージが大きい。ところが、「今回は負ける。これからも負け続ける。しょうがないこんな時代だもの」と負ける覚悟をしておけば、負けたときのダメージは軽減できるようになる。どうせ負けると思いながら、目の前の仕事に全力投球をするクセをつけていこう。無茶も習慣にすれば、無茶でなくなるはずだ。

まとめ 目の前の平地を上り坂へ変えていけ

 新型コロナの感染拡大による社会への影響はまだしばらく続くようだ。3密を避ける、をはじめとした生活様式の変化にともなって仕事のやり方も変えていかなければならない。従来の方法に慣れている僕らは、変化の大きさの前にして、どうしても悲観的になってしまう。変化に対応しようと述べてきたけれども、なかなか変われないのが正直なところだろう。

不安はあるが絶望することはないというのが僕の見立てだ。なぜなら、全体的には下り坂の世の中だけれども、よく観察してみると、上り坂になっているところもわずかながらあるからだ。その小さな上がり目に希望を見出して、目の前にある平地を少しずつ上り坂へ変えていけばいい。僕はそんなふうにして、今のモヤモヤした不安を乗り越えている。アラフィフの下り坂の僕だってまだ希望を失っていないのだから、若い人ならやる、やれる。以上である。