「仕事を任せる」で楽になる。「超」五月病で憂鬱になるのを回避する方法

「仕事を任せる」で楽になる。「超」五月病で憂鬱になるのを回避する方法

「超」五月病に注意しよう。

こんにちは。フミコフミオです。「仕事を楽にする」をテーマにしている当連載ですが、今回は、この季節特有の五月病にならないためのテクニックを僕の経験をまじえてお話させていただく。「ありがち…」とか冷たいことを言わずにお付き合い願いたい。

「五月病」といわれるように、この季節に憂鬱な気分になる人は多いようだ。季節的に心が折れてしまいそうな雰囲気がある。長年の過酷な底辺サラリーマン経験で、この季節を乗り切る技術を体得している百戦錬磨の僕でも、油断すると、「あ…なんか調子悪い。五月病かなあ!」といって五月病に便乗してくる仕事の出来ない同僚の戯言をまともに被弾して、憂鬱な気分になることがあるくらいだ。注意してほしい。

特に今年は要注意。世界的な新型コロナウイルス感染拡大の影響で、例年よりも世の中の空気が重くなっているため、気持ちよく晴れ渡った空を見るだけでも、従来の五月病よりも深刻な「超」五月病にかかる人が多くなるのではないか、と僕は危惧している。

なぜ憂鬱になるのか。

なぜ、この時期に憂鬱になるのだろうか。社会人の場合、

・《4月からはじまったプロジェクトが一段落する》

・《4月から「今日から俺は」と生まれ変わった気持ちで働いていたが、リセット効果が切れて「今日まで俺は…」とプチ絶望する》

・《「こんないい天気なのにどうして会社で仕事をしなきゃいけないのだろう?」気付いてはいけない真実に気付いてしまう》

といったあたりが原因になるだろうか。僕の経験からいうと、これらはすべて自分で背負える以上の負荷がかかっていることが原因である。ここから脱するためには、負荷から自分自身を解放する以外に方法はない。

 

なぜ憂鬱になるのか。

そこそこ仕事ができる人が損をする無情。

実は、この時期に、心が折れてしまう社会人には共通項がある。基本的に、まじめで、同僚たちと良好な関係を保ち、そこそこ仕事ができる…などだ。そんなあなたは、同僚たちからは、仕事を任せられる人間、という信用を勝ち取っているはず。

その結果、仕事を任される機会が多くなる。まじめで、同僚たちとうまくやっていきたい、誠実なあなたは、知らず知らずのうちに、自分のキャパをこえた仕事と責任を負っている。もちろん仕事を雑にやっつけるという発想は、マジメなあなたにはない。4月は特に気合が入っているので乗り切れてしまう。

新年度から1ヵ月、無自覚なオーバーペースで頑張ってきたが、5月の良く晴れ渡った空を見上げた瞬間に、「今日まで俺は…」と心のバランスをうしなってしまうのである。このように自分と他人からのダブルで自分に負荷をかけているのだ。

 

会社とはおそろしいもので、仕事を任せられる人間というのは、使い勝手のいい人間として扱われてしまうことが多々ある。人を使うことに長けている人間もいる。こんな経験はないだろうか。

「ワリーワリー仕事が終わらなくてさ…ちょっと手を貸してくれないか」と頼んできた同僚のために残業をして頑張っているはずなのに、当の同僚が自分よりも先に会社をあとにしている。そして、後日、彼が合コンに参加していたことを風の噂に聞く…。

これは「頼られている」と「使われている」の区別が出来ていない悲劇である。実は、この区別をすることは難しい。特に僕のように「お願いします」「キミしかいないんだ」という言葉に「キモティー!」と快感を覚える人間にはほぼ不可能である。

人間はキモティー瞬間にまともな判断が出来ない。どうすればいいのか。常日頃から、一方的に任せる、任されるという構造を変えていく。それしか方法はない。

ときには任せる側になる。

簡単にいえば、仕事を任される人から、任せる人に自分自身を変える。使い勝手のいい人間から、ときどき断りを入れて、ちょっと使いにくい人間へと脱却していく。それが重荷や責任を軽くする唯一の方法である。気にすることはない。もともと無償で善意からやってきただけのこと。一度や二度断ったところで、給料や有休が減るわけではない。

任せる人間へシフトしていくために必要なのは「ちょっとこれ手伝ってくれないか」と言う勇気のみ。これまで、使い勝手のいい人間としてあなたを扱ってきた、仕事を任せる側だった同僚や仲間たちは、当惑した表情を浮かべるかもしれない。だが気にしない。これまでの貸しを返してもらう。正当な権利があるのだ。気にせずに仕事を任せるようにしよう。相手も大人なので、出来ないときは出来ないと断りを入れてくるだけのことである。

だが、一方的に相手に仕事を任せるような関係は長続きしない。仕事を任せる状態は、出来るかぎり、継続させなければならない。そのためには一方的な関係にならないようにすること。つまり、仕事を任せることもあれば、仕事を任せられるときもある関係を構築していく。いってみれば、組織変更をもたらすような大きな仕事のトレードではなく、同僚仲間レベルでのささやかな仕事のトレードを頻繁におこなえるような関係性をつくっていくということだ。

 

仕事をトレードして楽をする。

仕事をトレードして楽をする。

人間には得手不得手がある。好き嫌いがある。もし、自分が不得手な仕事を相手に譲ることが出来れば、仕事は楽になるはずである。逆に、相手が嫌がっている仕事を受けることで、快適な職場環境になっていくだろう。残念ながら、多くの上司や会社組織はそこまで個性を把握して、きめ細かく仕事を分担するようにはなっていない。

だから、個人レベルで仕事の評価をおこなう。この仕事は得意だ。面白くないが苦にならない。苦痛でしかたない。もう無理。きっつー。等々。同時に周囲を観察して、同僚たちが任されている仕事について評価をしていく。あいつはあの仕事がうまい。やりにくそうだ。ヤル気全然ない。きっつー。等々。こうした評価を自分のなかでもっておき、仕事のトレードをおこなっていくのだ。

 

もちろん、楽しい仕事、自分のキャリアに繋がる仕事は自分でやりたい。他人に任せたくない。当たり前だ。その一方、自分にとって嫌な仕事が、相手にとって好きな仕事であるという偶然もない。奇跡的な確率だろう。逆に誰にとっても嫌な仕事というものもある。たとえば、数年前に僕がやらされた海の家代理店長一ヵ月間という仕事(特別手当なし)は、誰にとっても嫌な仕事である。

そのため、同僚との仕事トレードは、誰もがやりたくない仕事を除いた、軽めのやりたくない仕事が対象になる。比較的イヤな仕事をもちあって、グループ内全体でマイナスを小さくするように仕事をトレードしていくのだ。たとえば自分にとってマイナス2の仕事を相手に任せて、マイナス1の仕事を受ける。自分にとってマイナス2の仕事が相手にとってマイナス1ならば、2者の間でのトレードは成功になる。

ささやかな試みだが、これを続けることで負荷は軽減されるはずである。かつて事務作業が苦手でテレアポが得意であった僕は、同僚に大嫌いな事務作業を任せるかわりに、見込み客に電話をかけまくっていた。事務作業はやることが決まっていて大変な一方で、アポ電はダメだったらそこでおしまいなので僕にとっては楽で仕方のない仕事だった。つまらない事務作業をやってもらって感謝されたのが今でも不思議でならない。

任せるときの心得。

ひとつだけ守ってもらいたいルールがある。それは任せた仕事を相手がしくじっても、責めないということ。任せた自分が悪いくらいのスタンスがいい。「相手の資質や能力をはかりそこねた自分が悪い…。何をやってもうまくいかない…」と責任を抱え込むのではなく、「任せたからしゃーない」くらいの軽さで向き合おう。

仕事を続けていて、責任のある大きな仕事のリーダーになると、全体の指揮監督がメインの仕事となり、その他の仕事は誰かに任せなければならなくなる。だが、チームのメンバーの個性や能力に応じた仕事を振ること、あるいは自分の右腕となって動いてくれる存在を見つけることは、誰も教えてくれない。

会社やセミナーは「勝てる組織のつくりかた」の知識や理論は教えてくれるが、それぞれ前提となる条件が異なるので実践的なトレーニングは難しい。管理職になった僕が今もっとも苦戦していることは、ノルマを達成することでも、新しい仕事をつくることでもない。自分の右腕的な存在をつくることだ。中途で入ってきたために現メンバーのデータ蓄積が不足しているのだ。

だが、さきほどのイヤな仕事トレードとその準備としての自分と同僚の仕事に対する評価を続けることは、必ずや、リーダーになったときの勝てるチームの作り方の土台になる。そうポジティブに考えれば、「五月病になりたくないから自分の負荷を軽くしよ…」というネガティブから出発した取り組みにも前向きになれるのではないか。五月病対策のため、と考えるとどうしてもつまらなくなるし、それが原因で心が折れてしまうからね。

 

以上である。イヤな仕事を手放しすぎると、職場での価値が軽くなってしまうので、ご利用は計画的にお願いいたします。新型コロナで大変だけれども、「超」五月病にならないようにして、乗り越えよう。

起こってしまったことを嘆くより、これから起こることに期待しようじゃないか。