酒井高徳「サッカーの経済の変化から、サッカー選手に対する目線が変化した」

2019年、酒井高徳がヴィッセル神戸に途中加入すると、スター選手を集めたチームは急激に活性化した。そのままの勢いで神戸は天皇杯を初制覇すると、2020年シーズン到来を告げる富士ゼロックススーパーカップでも勝利を収める。

 

明るく朗らかな態度で人気の高い酒井だが、これまでには多くの困難な時を過ごしていた。ドイツではキャプテンというだけで非難され、日本代表ではずっと選ばれながらもレギュラーとは言いがたかった。そんな酒井がどう乗り越えてきたのか、そして現在の夢は何かを語った。

 

酒井選手

※この取材は3月上旬におこないました。

酒井高徳の辛かった時期

これまで辛かったことが一杯ありますけど……やっぱりハンブルグにいた2015年から2019年の4年間は辛かったですね。2017-2018シーズンには降格も経験しましたし、2018-2019シーズンには昇格できなかったというのもありましたし、批判の声も多くありましたし……。

もちろん充実してたし、いい経験にはなったし、辛いことばかりではなくて、いいことも一杯ありましたけど……やっぱり辛かった時期というと、そのころですね。

2016年11月にはキャプテンに指名されましたが、僕はキャプテンをやってもやらなかったにしても、チームに所属している間はそのチームのために全力を尽くすというのが自分のモットーですから。

 

チームに貢献しようという意識を持たないでサッカーだけやってるというのは、どうしても自分の中で何か違うと思ってたし。「自分はサッカーが上手じゃない」と思ってて、その中でどうやればチームに貢献できるのかと考えたら、そうやって一瞬一瞬を全力でやることだと思ってたんで。

キャプテンをやると決めたときからは、全力で取り組むともちろん決めて、全身全霊をかけてやりました。チームにとって本当に何がいいのか、自分がチームに貢献できる場所はどこなのかって。それ以上はできないけど、それを下回らないように自分ができることを全部やるつもりでいたんですよ。

責任を背負い込んでるんじゃないかとも言われたんですけど、自分としてはキャプテンであることを奮起する材料にして頑張ってたという側面もあります。

 

チームが勝てない、昇格できないというところで批判されたりもしたんですけど……まぁこう……サッカーっていうスポーツの見方が変わってきてて。

日本はまだそうでもないですけど、世界は選手の見方が変わってきてるんです。チームとしてどう戦っているかじゃなくて、個人が見られるようになりました。

移籍金が高くなって、選手の注目度が上がってきて、「そんなに払ってるんだから」「そんなにもらってるんだから」って思われてしまうようになった面が出てきて。メディアから勝手に出てきた噂の金額おかげで、「アイツはあんなにもらってるのに、あんなプレーしかしないのか」っていう見方をされるようになってるんですよ。

サッカー選手に対する目線が変わった 

サッカーの経済の変化からサッカー選手に対する目線が変化したんです。少し前まではサッカーというものを11人で見て、そのチームを応援するっていう考え方があったんですよ。けれど今は、特にビッグクラブはそうなんですけど、獲得した選手に対して「100億円も払ったのに、これかよ」って見られるようになってしまって。

長くチームに在籍してるからコイツらはいいとか、若いからコイツはいいとかじゃなくなってて。選手が若くても高い年俸をもらってるって話が出ると、「18歳で何億円ももらってるのに、コイツはこんな活躍しかできないのか」って言われちゃうんです。

ヨーロッパではサッカー界の経済の変化によって、選手が見られる角度、光の当たり方が凄く変わってきましたね。2部に落ちて、昇格させようと残った前のシーズンからの主力選手たちは、いざ蓋を開けてみたら高給取りだって言われて、「使えない」とか一番批判されて。時代の変化がついて回ったというところがありました。

でも僕はそういう外の人たちはさておき、サッカーは11人でやるスポーツなので、みんなで勝ってみんなで負けると思ってるんです。得失点に直接関わっていない選手だとしてもチームだから責任はみんなにあるし。

負けたときは点を取れなかった攻撃陣も悪いと思うし、点をたくさん取って勝ったにしても、無失点じゃなかったら守れなかった守備陣が悪いと思ってるし。そういうサッカーに対する自分の考え方が変わらなければ、多少たりとも周囲の声は自分の中でシャットアウトできるのかな、というのも思ってたので。

確かに心のどこかに「なんでオレだけ非難されるんだ」と思ったことはもちろんありましたけどね。でもそれ以上に、そんな変な声は放っておけという気持ちもありました。

 

自分がキャプテンだから、主力でやってたから批判されたというのもあったと思うんですけど、よくよく見たらどこのチームもキャプテンなんて正直、精神的支柱なだけであって、プレーでチームを勝たせるとか何とかするという選手がキャプテンというのは、そうそうないわけで。

僕がそういう支柱の役割を任せられてキャプテンになっているというのは、みんな知ってたはずなので、どこかこう、ねぇ、やっぱり、責任をなすりつけやすいポジションでもあるのかと思いますね。

人種差別があったから非難されたということを言う人もいたんですけど……それはどうですかね。キャプテンになった当時は、ドイツ語をしゃべれるけど、そこまで流暢というわけではなかったんで、「言葉をしゃべれないヤツがなんでキャプテンなんだ」って、それも理由に批判されているとは聞いてました。

 

酒井選手インタビュー

常に結果を求められる世界 

そういうことは最初のころにありましたけど、監督がちゃんと僕の肩を持ってくれて、「ゴウはちゃんと理解もしてるし話もできてる。ゴウとの間にコミュニケーションの問題はまったくない」と言ってくれました。

チームメイトも、「ドイツ語がどこまで話せるかは関係なくて、高徳がどれだけ努力してやってるか自分たちも分かっている。何かサポートできることがあればサポートする」と、メディアの前で、僕がいるところで言ってくれたりしたんですよ。それでだいぶ気持ちが楽になったし、実際にキャプテンになった2016-2017シーズンは「もう残留は無理だろう」と言われていたところから残留することはできたので。

ただ、ヨーロッパというのは日本とは違って、安心してサッカーをしていられる環境ではないと思いますね。常に結果を求められる。その選手が半年間ずっといいプレーをしていようが関係なく、悪いときは悪い、いいときはいいっていう両極端な評価をされるんです。そうやってずっと結果を出し続けて生きていかなければいけない場所なんで、結果を出さないで批判されたときは自分が悪いと僕は思ってて。

 

日本の人たちは日本的考えがあるから「悪いなんてことはないよ」って言ってくれるけど、やっぱり8年間向こうでやった自分としては、結果を出していれば自分が批判の的にはされなかったはずだって思ったんで。

だから僕は批判されるのは当然で、自分の力のなさを痛感したという感じなんです。そういうのを乗り越えてきた、乗り越えられたのは反骨心のおかげでしたね。自分がうまくなって黙らせよう、自分がちゃんとやって黙らせればいいんだと思ってやってました。 

サッカー日本代表への想い 

日本代表に関しては……今まで7年間ぐらい代表チームにいたのかな。それに対して不満とか、文句みたいなのは全くないですけどね。

代表チームでは左SBだけじゃなくて右SBやボランチもやりましたけど、代表として試合に出るということはすごく光栄なことだし、選手としてもいろいろ喜ばしいことなんで、右でも左でもしっかりやれる準備しておかなければいけないと思ってました。だからミーティングの戦術確認の時なんかは、たとえば左SBでやってたとしても、右サイドでは何を言われているのか意識して聞いていたし。

自分が出場するのは試合の途中からじゃないかと思ったときは、左右両方のスカウティング映像を見たりして相手選手の特徴を頭に入れてましたよ。ヴァイッド・ハリルホジッチ監督の時はボランチでも出ましたけど、その時自分のチームでも同じポジションもやってたんで、もちろんボランチとしての話も聞いてたし。監督に「自分のチームではこうしてるんだけど、代表ではどうなんですか?」って聞いたりとか、組んだのが山口蛍だったんで、蛍に聞いたりとかしながら、意識してやってました。

 

器用貧乏はいざとなったときに弱いというのは言われてたし、そのポジションのスペシャリストになることが重要とも言われてました。でも逆にいろんなポジションができることでいろんなチャンスが来るとも言われてたし。いろんな考え方がある中で、僕がサッカー選手として生きる道は、いろんなポジションができるという、そこなんだと思ったんで。

同じポジションにスペシャリストがいて、その選手に負けるようだったらそれは自分の弱味というだけで、準備というのは絶対に手を抜きませんでした。ワールドカップには3回行かせてもらって、先輩方が試合の直前に出られなくなるというのをたくさん見てきて、その選手がどんな役割をしてるのかというのもたくさん見てきたんで、そこで勉強させてもらってて。

それでプロとして絶対的に必要な部分で、どんなときでも100パーセント、自分の持ってるすべてを出せる準備をしておくというのが大事なんだというのを思ったんですよ。起きた現象に文句を言ったところで変わるものではないし。自分ができることをしっかりやって、それをずっとやってきてるから、自分はそういう人生なんだと思います。

ワールドカップを振り返って 

ワールドカップは、2018年ロシアワールドカップのポーランド戦に右MFで出ました。あの試合は負けちゃダメという条件があったんで、西野朗監督の考えとして安定してた4バックをあまり変えたくないというのはあったんでしょう。ディフェンスラインでは槙野智章選手が入りましたけど、やっぱりフィジカル的な強さは槙野選手のほうがありましたから。

2010年南アフリカワールドカップではサポートメンバーで、2014年ブラジルワールドカップではメンバー入りしたけど出場機会がなくて、ずっとワールドカップに出たいと思ってました。それで出場できたというのは、少なからず自分をずっと応援してきてくれた人に対しての恩返しでもあるから、ポジションが本職の左SBではないという不満は考えなかったし、全力でやろうと思ってました。

あの試合は0-1で負けていた状況で、そのままだったらベスト16に進出できたので、ボール回しをして攻めなかったら世間を騒がせたところはあったんですけど、僕としてはボール回しなんかせずに勝って、気持ちよくみんなをベスト16に連れて行きたかったんです。

 

でもそれを実行させてあげられなかった。そういう自分のふがいなさを感じた試合でした。周りがボール回しの時間稼ぎを非難していても、自分にはそんなことはどうでもよくて、そういうシチュエーションになった、勝利に持っていけなかった、サブ組としての役割を果たせなかったというのが単純に悔しかったですね。

そうやって自分がいろんなポジションで出場したというのは、頼まれたら断れないという自分の性格が関係してるとは思いますよ。でも僕はずっとそれで生きてきたし、プロデビューしたアルビレックス新潟でプレーしていたときも攻撃の選手として試合に出たりしてたんで。監督に使われて試合に出るというのは、選手として成長できるって思ったんです。

ただ代表というのは試合に出る、出られないという競争が存在する場所で、そこには結果を残さないとずっと入られないし、出ない選手というのは出たときに結果を残さなきゃいけないんです。

 

そのどちらも自分は当てはまらなかったから、あの立場に甘んじてたのかと思ってるし、だからこそ、そこのポジションで自分が……何というのかな……これ以上、そういった競争を戦いながら、仮にサブになってしまったときに、サブでいられる、サブで居続けるメンタリティを持つことをもう自分はできない、代表に使う体力や気力はないと思ったんで。

「もう1回代表、どうなの?」なんて感じで聞かれたりすることもあるんですけど、自分としては今いる選手に「頑張ってください」という感じで、自分にチャンスがあるとは思わないです。

何というんですかね……天邪鬼じゃないかと言われたこともあったんですけど、全然そんなことはなくて。僕は7年間日本代表として過ごしてきて、もうそこにいる気力がないんですよ。代表って居場所を確保されてはいないから、戻ったとしても自分のパフォーマンスが実はよくなかったとか、仮によかったとしても、いつかやっぱり悪くなる時期は来るわけで、そのときにまた競争があって出られないこともあると思うんです。

 

それでサブに回って、そこから試合の準備をするというシチュエーションになるというリスクを考えなければいけない。競争があって代表があるっていう、出られる資格があるやつが出るのが代表だ、という重さみたいなのを感じて今まで代表に行ってたんで、そこは変わらないと思うんです。

だから僕がもうそうやって準備をする必要はないんじゃないかと思うんです。代表に行くんだったら絶対的な、誰もが納得するような日本代表のSBになってなければいけないと思うけど、僕は代表生活の7年間でそういう姿を見せられなかったんで。日本に帰ってきて半年のパフォーマンスがよかったからといって、代表に戻って活躍できるほど甘いところじゃないと思ってます。代表選手という立場で一生懸命やってきて、代表を軽く見てないから故の決心です。

酒井高徳の「やりたいこと」 

 

酒井高徳選手

 

これから僕がやりたいことは、もちろんサッカーのことで、ヴィッセル神戸に1つでも多くのタイトルをもたらすことです。そのために来たし、まず半年プレーして、天皇杯と富士ゼロックススーパーカップの2つのタイトルを取れたんで、もっとチームが取りたい、上のタイトルを目指します。

神戸にはどんどん貪欲なチームになってほしいし、強いチームの一員になれるように導いていきたいし、自分もなっていきたいと思います。自分としてもそういう経験はなかなかしてこなかったから。

だからチームとしても自分としても成長していきたいとは思ってて、それに対してやっているのは、細部のところまでしっかりこだわるということですね。細かいことまでしっかりやるというのが強いチームだと思うから。そういったところは、「これでもか」というくらい、自分でも気を付けながら発言したり、自分で見つめ直したり考え直したり提案したりしてますね。

 

どういうのが強いチームで、どういうチームが勝ち続けられるのかというのを、バイエルン・ミュンヘンとかボルシア・ドルトムントとか、他のヨーロッパのチームをいろいろ見てきたんです。自分が肌で感じてきた、「強いチームってのはこうだ」っていうのを、自分たちと照らし合わせてやっていきたいと思います。それを今は凄く楽しみに一日一日を過ごせしてるんですよ。